他の誰でもないきみを01



空が橙色に変わる前の、何とも微妙な色合いを見せている時間、縁側にちょこんと座る、女の子の姿を見かけた。
鉢屋より一つ下の新実桜で、彼女がこの時間、決まってここに座っていることは、よく知っていた。
見かけたことがあるどころではなく、鉢屋は毎回そんな桜に声をかけるからだ。
「何してるんだ?」
理由だって、本当はもうわかっているが、鉢屋はそう言って桜の隣に腰を下ろす。
足を外へ投げ出すように座っている桜とは違い、縁側の端っこぎりぎりに座ると片膝を立て、そこに肘を着いて鉢屋は、ちらりと庭の先を確認する。
時間には正確なのか、まだ姿が見えないことに小さく息を吐く。
「空を、見ていたんです」
そう桜が言って空を見上げるから、鉢屋も真似するように空を仰ぎつつも、それは違うだろう、と内心では突っ込んでしまっていた。

庭の向こう、こことは対角になる場所にあるのは図書室で、そこから現れる人物に会いたくて、桜がいつもここにいることは知っている。
本人から直接聞いたわけではなかったが、桜の様子を見ていれば、簡単にわかることだった。
「……あと、ここは居心地がいいですからねえ」
蕩けるような口調は眠そうでもあって、だけど桜がここでは絶対に眠らないことを、鉢屋はよく知っていた。
温かくて気持ちよくても、どんなに疲れて眠くても、桜はここでは眠った例しがなかった。
空を眺める桜は上機嫌で、それもいつものことだから、鉢屋はただそんな彼女の横顔をジッと見ているしかできなかった。
「あ!」
唐突に漏れた声と共に、桜の表情が明るくなったのを見れば、確認しなくたって、待ち人が来たのだとわかってしまった。
「不破雷蔵先輩ー!」
ひらひらと手を振って声をかける桜の視線の先をゆっくり辿れば、図書室から出て来たばかりの雷蔵が同じように手を振り返しているのが見えた。
雷蔵は鉢屋に気づくと苦笑し、だけどこちらに来ることもせずに、そのまま長屋のほうへ歩き去って行ってしまう。
通常なら急用がない限り、そんなふうに声をかけられたら話に来てやったりするのが雷蔵なのだが、鉢屋の気持ちに気づいているからか、この場所まで雷蔵が来ることは一度としてなかった。
それを見ると、桜は一瞬だけ残念そうな顔をするものの、雷蔵にそんな態度を取られてしまっても、概ね、気にしていないように見えた。
それが本心ではないだろうと思っているが、それでも鉢屋は桜のために雷蔵を引き留めてやることができなかった。


図書室から出て来た図書委員や、利用していた生徒などがいなくなって静かになれば、またその場所は二人だけの空間に戻り、何とも言えない居心地のよさに包まれる。


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