小さくも温かく灯る気持ち



この間、借り出して来た本を読み終わってしまったので、図書当番ではないけれど、図書室に向かおうと、教室を出た。
今日の当番は、二年い組の能勢久作だったと、そんなことを思い出しながら、足を進めていたときのことだった。

タタタッ、と軽い足音が近づいて来て、それから聞き覚えのある声に、名を呼ばれた。
「不破先輩!」
目の前に立ったのは一つ下の新実桜で、見かける度に浮かべられている笑みを、明るく輝かせている。
接点があまりないので、話しかけられることもほとんどないため、一体何の用だろうかと、不破は物凄く気になった。
「鉢屋先輩は、どちらにいらっしゃいますか?」
いま教室を訪ねたらいなかったと、桜は何でもないことのように言ったが、彼女が鉢屋と知り合いだなんて聞いていなかった不破は、内心では動揺する。
いや、でも、知り合いとかそういうのじゃなくて、ただ単に頼まれた用事があるのかもしれないと、不破は自分の考えを自分で否定した。

「三郎なら、一年は組の教室に向かった筈だよ」
誰に用事があるかまでは聞かなかったが、鉢屋が訪ねて行く人物には大体の見当がつく。
「……あー、じゃあ入れ違いかー……」
ボソッとつぶやかれたその言葉に、え? と、聞き返しそうになった不破を遮るように、桜はにっこりと笑ってみせた。
「では、行ってみることにします。不破先輩、ありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げ、勢いよく方向転換した桜は、そのまままた走って行くのかと思ったのに、なぜかくるりと振り返ったりして、不破をびっくりさせた。

「そういえば、不破先輩。甘いものは好きですか?」
唐突な質問をぶつけられ、不破は戸惑いつつも、どうにか口を開く。
「……うん。まあ、嫌いじゃないけど……」
それがどうかした? と、そう聞くより前に、桜に手首をつかまれたものだから、不破はドキッとする。
「じゃあこれ、差し上げます」
そう言って、つかまれた手に桜が握らせてくれたのは可愛らしい包みのアメで、町に行ったついでに乱太郎に買って来てもらったのだと説明されたが、不破は触れた手の柔らかさばかり気になっていて、ほとんど聞いていなかった。

カサッ、と手のひらで乾いた音がして、ようやくアメを握り締めたのだということに気づいた不破は、自分がボーッとしていたのを思い出し、慌てて、まだ目の前にいた桜に視線を向ける。
「ありがとう、新実さん。もらっておくね」
買って来たのは乱太郎で、桜の手にあったのは短い時間だったかもしれないが、紛れもなく彼女のアメであり、自分におすそわけしようと思ってくれた、その気持ちが不破には何よりうれしかった。



End.




















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雷蔵が彼女のことを好きだという気持ちが出せたかは謎ですが、やさしい彼らしさは残せたんじゃないかと思います。


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