02



報われないとわかっていても、鉢屋はこうして桜と二人きりでいられる、この場所がとても好きだった。
「鉢屋先輩」
呼ばれてハッと我に返れば、桜がこちらを見ていたから鉢屋は、
「何」
と、できるだけ素っ気なく返事をしてみる。
「先輩は何で、いつも一緒にここにいてくれるんです?」
五年生は暇じゃないと知っているから、しばらくここに居座っている鉢屋がめずらしいのだろうか。
桜の瞳には興味深そうな色が揺れていたけれど、鉢屋はそれに満足の行く答えを返してやれる自信がなかった。
桜と一緒にいたいからだとは、とても言えない。
でも、桜はどうしても答えを聞きたかったわけではなかったのか、また空に視線を投げてしまったから、少し拍子抜けしながら鉢屋も再び空へと目をやった。
橙色に染まり始めた空は、さらに奇妙な色合いをしていたけれど、それはそれで綺麗で、こういうのも意外に有りかもしれないなと、鉢屋はそんな関係のないことをぼんやり思っていた。

ふと視線を感じ、振り返ってみればまた桜が鉢屋の顔を見ていて、そんなに雷蔵が好きなのかと問い詰めたくなったが、やめておく。
その答えを聞いたら、虚しくなるのは鉢屋自身だとわかっているからだ。
いくら変装には自信がある鉢屋でも、雷蔵の代わりはできない。
雷蔵は雷蔵でしかないし、桜にだって雷蔵が全ての筈だった。

ジッと見られるのは落ち着かなくて、どうにかして桜の視線を自分から剥がしてやろうとしたが、顔を上げれば、思ったよりもずっと熱い眼差しが目に入ってしまい、鉢屋は動けなくなる。
聞かなくたって、桜のその目が好きだと言っている。
自分と重ね合わせるように見ているであろう雷蔵のことが、好きで好きで仕方がないというような、そんな熱い眼差しだった。
「……私は、雷蔵じゃないけど」
いよいよ耐え切れなくなって、鉢屋が思わず言ってしまうと、桜はパチパチと二度ほど瞬きをしてみせた後、いつになく可愛らしい笑みを浮かべた。
「知ってます」
「……そう。だったらいいんだ」
言いたかったことが伝わったかは知らないけれど、それしか鉢屋には返せない。
自分に雷蔵を重ね合わせるなと言いたくても、自分の小ささを思い知らされるだけかと思うと、鉢屋には言うことができなかった。

「それにあたしが見てるの、鉢屋先輩なんですけど」
「え……」
「鉢屋先輩しか、見る気もないんですけど」
そう言われて、鉢屋の頭はさらに混乱する。
話の展開について行けない。
「ど、どういうこと?! だって、桜は雷蔵が……」


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