03



「不破先輩が好きだとは、一言も言ってないですよ?」
言葉を遮るように言う桜に、確かにそうだとうなずきつつ、でもやっぱり鉢屋の頭の中はぐちゃぐちゃだった。
じゃあなぜ、いつも雷蔵が出て来るとうれしそうに名を呼んで、これでもかと手を振るのか。
そしてなぜいつも、遠くを見るように自分の顔をジッと見るのか。
そんな見方では、自分の向こうに誰か違う人間を見ているとしか思えなかったから、鉢屋が顔を借りている雷蔵を重ね合わせているのだと思っていた。

「不破先輩は、ときどき話を聞いて下さるんです」
世話になっているから、いつも名を呼んで手を振るのはただのあいさつだと、桜は言う。
それを知っているので、雷蔵はいつも話しに来ないで行ってしまうのだと言われたら、鉢屋には返す言葉もない。
あれは、鉢屋に気を遣っているばかりではなかったらしい。
「それに、鉢屋先輩に誰かを重ね合わせて見ているわけでもないですよ。不破先輩のお顔の向こうには、どんな鉢屋先輩の姿が眠っているんだろうと、思いを馳せていただけなんです」
いま見ている姿が本当の鉢屋ではないから、桜の気持ちはわからないでもなかった。

ああ、それじゃあ全部、私が悪いんじゃないか……。
勝手に勘違いしたのも、素顔を隠して雷蔵の顔を模しているのも、全て鉢屋自身だからだ。
「桜」
立てていた膝を崩して、鉢屋が体ごと桜のほうへ向き直れば、彼女も同じようにこちらを向いてくれる。
「抱きしめていい?」
「は……」
たった二文字が待てなくて、桜の返事に被せるようにして抱きしめた。
見た目よりずっと小さなその身体は、自分の腕の中にすっぽり収まってしまって、鉢屋はそれすらも愛しくて仕方がない。
「桜、好きだよ」
夕陽に染まる髪に口付けると、桜が恥ずかしそうにもぞもぞと身動ぎする。
「……あたしも、鉢屋先輩が大好きです……」
桜からもそんなうれしい言葉をもらって、ためらいがちに、だけどしっかりと背中に手をまわされてしまったら、もう堪らない。
あー、可愛すぎる!
体を起こし、今度はその艶やかな唇にそっと口付ければ、桜の頬は夕陽に負けないくらい真っ赤に染まった。
それすらもうれしくて鉢屋が口元を緩ませれば、桜に睨まれてしまったけれど、そんなのちっとも恐くない。
募るは愛しさばかりで、それには自分でも笑えてしまうくらいだったが、もう遠慮することはないから好きなだけ抱きしめてやろうと、鉢屋はその小さな身体に、いま一度手を伸ばした。



End.





















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長いですね…。
書き始めてみたら、どんどん楽しくなっちゃったみたいです。


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