無意識に放たれる言葉も



自分の好きな人が、どうしてもカッコよくなくてはいけないというわけではない。
カッコいいから惚れたなんてこともないし、それが自然体なら直せとは言わない。
見た目を、自慢したいわけでもない。
惚れた弱みで、自分では彼をカッコいいと思うけれど、本当に問題はそこじゃなくて、ただ桜自身が落ち着かないと、そんな単純な理由だった。

今朝も早起きして、早々に待ち伏せをしようと思ったのに、やはり今日も竹谷のほうが早かったようで、生物委員の仕事をすでに終えて来たところのようだった。
他の五年生も合流しているのが見えたけれど、桜は構わずにその間に割り込むと、竹谷に声をかける。
「八左ヱ門!」
「おっ、桜。おはよー」
ひらひらと手を振って、竹谷があいさつして来るが、桜は返事をするのもそこそこに歩み寄ると、その髪をむんずとつかんだ。
「今日も、何でこんなにボサボサなの!」
髪に気を遣わない人だとは知っているが、さすがに遣わなさすぎではないだろうか。
これが知らない人や、特に仲がいいわけでもない人なら、そういう性格なのだと見過ごせるが、竹谷の場合はそうもいかない。
カッコいいとか悪いとかの前に、桜が我慢できなかった。

「一回でいいから梳いて来たらどうなのって、何遍言ったらわかるのよ?」
ちっとも聞いてくれないことに声を荒げて抗議すれば、竹谷はハハハ、とかわすように笑ってみせた。
「面倒くさくってなあ。髪がボサボサなくらい、どってことないだろ?」
と、竹谷は全く直す気もないから、とことん桜とは平行線を保つばかりだった。

わかってはいるが、桜は桜で、それが見過ごせないのだし、押し付けたいわけではないが、それでも苛々する。
「八左ヱ門。じゃあ、そこに座って!」
梳かしてあげるから、と桜がそう言えば、竹谷は素直に腰を下ろしながらも、鋭いところを突いてくる。
「とか言って、桜。ただ、この間新しくしたばかりの櫛が使いたいだけだろ?」
ほんの少し、からかうような竹谷の口調に、懐から櫛を取り出していた桜はギクッとしてしまう。
ちょうどいま手にしているその櫛が、この間、町に買い物に行ったときに購入したものだったから、隠しようもない。
「い、いいじゃない、別に。それに八左ヱ門の髪が凄くて、気になるのも本当なの!」
ばつが悪くなって、竹谷の髪に櫛を通しながら桜は開き直ったように言うが、ククク、と笑われてしまうと、恥ずかしくて堪らない。
それを誤魔化すように、髪を梳かす手は早くなるが、
「お前、そういうとこ可愛いな」
と、そう竹谷に言われると、桜は髪を梳かす手が止まってしまうどころか、持っていた櫛をカツンと落とすと、耳まで真っ赤になった。



End.
























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竹谷は多分、無意識下で恥ずかしい言葉もさらりと吐くタイプじゃないかと思います。
あとで気づいて赤くなる人かと。


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