柔らかな感触に胸が騒ぐ



無邪気に笑うその顔に弱いと、本人は知っているのだろうか。
もし、知っているのなら、そう言うのは確信犯ではないだろうかと思うけれど、結局、この人には敵わないのだから、同じことかもしれなかった。

午後の実技の授業を終えて、医務室に行くと、一つ年上、四年生の新実桜がいた。
桜はよく医務室にやって来るが、怪我をしたり具合が悪いわけではない。
噂では、委員長の善法寺伊作と茶飲み話をするのが趣味だからとか、二年の川西左近をからかうのが楽しみだからとか、いろいろ聞くが、本人に確かめたことは一度もなかった。

「数馬。いいところに来たじゃない!」
医務室に足を踏み入れるが早いか、そう桜に声をかけられ、数馬はぴたりと足を止める。
桜が自分の名前を知っているのも、親しげに話しかけてくるのもいまさらだ。
だが、そうやってうれしそうに笑われたら、数馬も対処できない。
「こっちこっち! こっちに座って!」
物凄い速さで手招きしながら急かすから、数馬は慌てて桜のほうへ近づいたのだが、途中で何かに蹴つまづき、けれどとにかく何とか、示された場所に腰を下ろすことができた。

行儀よく正座して次の言葉を待てば、途端に桜の表情が曇った。
「ど、どうかしたんですか?」
眉尻を下げて数馬が桜の顔をのぞき込めば、おもしろくなさそうな顔をされる。
「正座じゃなくって、あぐらにして。じゃなきゃ、膝枕できないじゃない!」
唇を尖らせて、さも当然のように言われるが、話について行けない数馬は目をぱちくりさせる。
「ひ、膝枕ですか……?」
「そう、膝枕。昨夜、あんまり寝れなくて眠いから、してくれる?」
平坦な口調で、再度、桜はそう言うけれど、数馬はいまいち納得できない。
未だかつて、膝枕なんて頼まれた経験がなかった。

「……ぼくが……膝枕を……?」
まだ茫然と、同じ言葉をくり返す数馬に、桜はきちんとうなずいてから、あぐらに座り直してとねだって来るので、仕方がなく足を崩すと、言われた通りにする。
「数馬の膝枕なら、よく眠れそうだもの」
にっこり笑顔でそう言われてしまったら、もう断れなくて、戸惑いは残るけれど、自分の膝に頭を預ける桜を、数馬は押し退けることもできなかった。
「桜先輩。日が暮れる前には、起こします……」
つい、そう言ってしまった数馬に、桜は目も開けずに笑ってから、おやすみの言葉の代わりに膝をするりと撫でるような仕草を見せると、次の瞬間にはもう寝息混じりの吐息を立て始めた。



End.


















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寝るの早っ!
彼女の言葉通りに、きっと数馬の膝は寝心地がいいに違いない。


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