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足首の捻挫は動かないように固定しないと歩けないから、ゆるまないように巻くことが大切だった。

「今夜は、ここに泊まるほうがいいですね」
もう動かないほうがいいと鉢屋が言えば、桜は不本意そうな顔をしたけれど、もう嫌だと言い出したり、暴れることはなかった。
だから鉢屋は布団を敷いてやり、隅のつづらから医務室備え付けの単衣を持って来ると、桜に着替えとして手渡した。
「新野先生には私が声をかけておきますから、新実先輩は心配せずに、ゆっくりお休み下さい」
それだけ告げて立ち上がれば、いままで反応の薄かった桜が自分の名を呼んだものだから、弾かれるように鉢屋は振り返った。
「何から何までありがとう、鉢屋くん」
礼を言う桜は曇りなく笑んでいて、鉢屋は面食らったが、悪い気はしなかった。



宣言通り、部屋に戻る前に新野先生に報告して行ったので、きっと朝から診察しているはずだと思ったから、少し時間をずらして顔を出してみた。
食事は誰かが運んでいるだろうし、鉢屋が顔を出す義理はなかったのだが、昨夜の去り際にもらった笑顔が思いの外うれしかったらしい。
少し様子を見るくらいならと、つい調子に乗ってしまった。
中に進み入れば、桜は昨日と変わりなく布団の上にいたが、傍には立花と食満の二人が腰を下ろしていた。
枕元に食事の膳があるところを見ると、二人は見舞いがてら、食器を下げに来たのかもしれなかった。

「新実先輩。具合はどうです?」
鉢屋が入って行ったからか、話が途切れたようなので、その合間に質問を投げれば、桜はようやくこちらを見る。
「……痛みはないけど、新野先生が今日一日は安静にしているようにと仰っていたわね」
いま新野先生がこの場にいないのは、立花と食満に任せ、食事に行っているかららしい。
「それは……お大事に」
気の毒に、と続けてもよかったが、桜はその手の返しは嫌いそうだったから、鉢屋はそうつないだ。

すると、立花が興味深そうに言葉を割り込ませてくる。
「桜と鉢屋か。まためずらしい取り合わせじゃないか」
何をもってしてそう言われるのかはわからないが、立花の言葉に桜が眉を顰めたのは確かだ。
「どこでつかまえて来たんだい?」
立花は明らかにからかうような響きでもって言葉を紡いでいるが、桜はそれがわかっていても、不愉快そうな面持ちを隠しもしなかった。
「仙蔵。その手の冗談は、あまり好きではないんだけど」



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