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瞬間、昨夜と同じように桜の声が響いた。
「鉢屋くん、ありがとう、ね……」
これも昨日と同じで、改めたみたいな言い方だったから、鉢屋は振り返って桜の顔を確認したが、今日はもう笑顔ではなかった。
ただ、自分がそんなに残念に思っていなかったことに、鉢屋は自分でも驚いていた。



委員会の手伝いをするのは最早、桜にとっては日常のことのようであり、捻挫で退屈だったせいもあるのか、その日の夕方にまた様子を見に寄ったら、医務室で伊作の手伝いをしていた。
座ってできる仕事のようだったが、ジッとしているのが嫌いらしいというのはよくわかった。
その後は様子を見に行ったりしなかったので、次に鉢屋が桜と顔を合わせたのは、それから三日後の昼食時のことだった。

食堂で昼食を取っていれば、いつかのように桜が竹谷の隣にやって来た。
「八左ヱ門。今日も、菜園にお邪魔していい?」
桜が口にしたのも、あのときと同じ質問で、それに竹谷は箸をくわえたまま顔を上げ、目を丸くした。
「構わないですけど、足はもう大丈夫なんですか?」
怪我したほうの足を庇うようにして歩いていたのを見たようで、竹谷がそう心配するが、桜はひらひらと手を振り、大丈夫だと示してみせた。

「じゃあ、また放課後ね」
桜は竹谷とひとしきり話しながらもいつの間にか食べ終えていて、そう言うと盆ごと食器を片付けて、あっという間に出て行ってしまった。
そういえば、一度もこっちを見なかったな……。
もちろん鉢屋は桜に話しかけようとしていたわけではないが、唐突にそう思ったのだ。
本当に、竹谷とだけ話しに来た感じだったし、鉢屋も桜と話すことはない。
足の具合は竹谷に説明していたあれで充分わかったし、礼は何度も聞いたし、あとは話題を探すのも面倒だ。
自分の隣に座る不破とも言葉を交わすどころか、見もしなかったのだし、何ら気にすることではない。
けれど、ほんの少しだけ鉢屋の心の奥のほうに引っ掛かっていた。

「……ところで、新実先輩はよく菜園て仰ってるけど、菜園に何かあるの?」
隣で、不破がそう疑問を持ち出したので、鉢屋はようやく我に返り、その話に耳を傾ける。
「何かってこともないけど、先輩は菜園が好きなだけだよ。そんで、来たついでに手入れしてってくれんだ」
おばちゃんから茶をもらって来て、それをすすりながら竹谷はそう答える。
あそこにあるのはせいぜい、薬草や野草などだとは思うが、桜も物好きだ。



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