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「三郎。お前、おもしろがってるだろ……?」
おもしろくなさそうな声で言うが、当然のように鉢屋が首を横に振ってやれば、竹谷は傍にあった柄杓をガッとつかんだ。

「そんなお前も、道連れにしてやる!」
そう言って水を汲むと、鉢屋目がけて撒き散らして来るので、後ろに飛んでそれをひょいっと避けてやる。
しかし、竹谷は読んでいたのか、いきなり方向転換すると、鉢屋が避けたばかりの場所にも柄杓の水をさらに撒くから、反応が一瞬遅れてしまう。
水遊びで本気を出すのはどうかと思ったが、あわてて地を蹴って、間一髪で直撃だけはまぬがれることができた。

バシャンッ、と水音が聞こえるのと、小さな悲鳴にも似た声が上がるのはほぼ同時くらいで、だけど鉢屋は自分の手にかかってしまった水の冷たさに気を取られていたので、反応が遅れた。
「わはー……」
やっちまった、とつぶやく竹谷の声で、ようやく鉢屋は顔を上げ、自分の後ろに桜がいたことに気がついた。

鉢屋の後ろにいたのだから、鉢屋にかかるはずだった水は当然ながら桜にかかってしまい、頭巾や髪、顔までびしょ濡れになってしまっていた。
ぽたぽた垂れる水は、忍服の上衣まで濡らし始めている。
「すみません、桜先輩! まさか先輩がいるとは……っ!」
あわあわと竹谷が謝っているところを見ると、彼女が怒り出すんじゃないかと思えた。
無言で頭巾をずるりと引きずり下ろすところを見ても、そうとしか思えなかった。

「……すぐ乾くし、別に構わないわ。八左ヱ門も、びしょ濡れじゃないの」
張りついた前髪をかき上げながら、ようやく持ち上げられた桜の顔には別段、怒りと見られるものはなく、不機嫌そうにも見えなかった。
「おれは自分で水かぶったんでいいんですけど……」
それでも竹谷の腰が引けていれば、安心させるかのように桜は口元をほころばせた。
「そうね。暑かったから、ちょうどよかったんじゃない?」
顔にかかった水はさすがに手拭いで拭っていたようだが、本当に桜は気にしていないようだった。

「……で? 水の掛け合いなんて、ずいぶんと可愛いことしてるじゃない?」
そんなに暑いの? と、聞かれても鉢屋は特にそんなことはないので返事のしようもない。
「いや、手合わせしてたら暑くて仕方なくなっちゃったんですよ! 三郎は一人で涼しい顔してるし、見てるこっちが暑くてかなわなかったんです」
と、力一杯答えるのは竹谷で、桜の視線がこちらを向いた。



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