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「鉢屋くんは変装してるからね。暑いのは慣れてそう」
女装もするし、その場合は化粧が暑いのだが、それでもいつ見ても涼しい顔をしているからと桜が笑うから、そこに含んだものがありそうにも聞こえ、鉢屋はとっさに言葉を返せなかった。



見た目に惑わされるなら、その姿をはっきり認識したあのときに、とうに惑わされている。
あのときの桜は、舞い散る桜の効果もあって、それはそれは綺麗に見えたのだから、相当だ。
そして、あの印象が強かったからこそ、鉢屋は桜を認識することになったのだし、いまさらだった。

休日だったその日、夜通しで鍛練していた都合、昼まで仮眠を取ったのだが、昼過ぎは特に何も決めてなかったので、町に出ることにした。
自主トレをさらにやろうかと思ったが、尾浜が出かけるのにつき合わないかと誘って来たので、それに乗ったのだ。
竹谷は毒虫の捜索に出ていていなかったし、不破は図書当番だったので、空いているのが鉢屋しかいなかったようだった。

「……兵助はいたんじゃないのか?」
昼時に顔を会わせたのは同じクラスの二人だけだったから、後で思い出してそう聞けば、尾浜は顔の前でぶんぶんと手を前後に振った。
「兵助も委員会だよ。土井先生が手伝って欲しいって呼びに来たんだって」
直々に言われたのでは仕方がなく、久々知は昼食を終えた早々に委員会に行ってしまったのだと、尾浜はつまらなさそうに説明した。

「……つまり、暇なのは私だけだったわけだ」
同じ委員会だし、尾浜が暇なら鉢屋も暇なのは当然だが、むしろ学級委員長委員会が忙しいことはあまりない。
だからこうして、めでたく二人で外に出て来れているのだが、あんまり喜べることでもなかった。
「そうそう。で、おれも暇だったから、団子でも食いに行かないかと思ってさ」
うまい団子屋の情報を、一年は組のしんべヱに聞いたのだと尾浜はうれしそうに口にした。
鉢屋や自分の暇なのは二の次で、尾浜はただ団子屋に行きたかっただけじゃないのかと思ったが、理由はまあ、どちらでもよかった。

「……ああ、あそこだ」
町を抜けた辺りまでやって来た尾浜は、地図を描いてもらってあったのか、照らし合わせて確認している。
尾浜が指し示す場所には確かに団子の絵の幟があるから、間違いないのだろう。
「おばちゃーん! 団子四つ!」
店の幟に目をやっていた隙に、尾浜はいつの間にか店先の長椅子に座っていたようで、気づけばそんな注文を出していた。



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