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春休み明けはいわば、他の生徒たちと同じくらいのころに登校したので、途中でいろんな人に会っても当然だったが、今回はまだ夏休み中で登校する生徒なんて少ないはずだったから、知った顔がなくても気にならなかった。
夏休みとはいえ、六年生辺りはさっさと登校して来ているかもしれないし、あとは竹谷や伊賀崎辺りも、生物委員で面倒を見ている生き物がたくさんいるので、案外早く来ているかもしれなかった。

もう学園まで目と鼻の先になった辺りで、道になっていない場所、脇にある草むらのほうから急に人が出て来て、鉢屋はついとっさに身構えた。
しかし、それが女の子で、さらには桜だとわかると、また別の意味で鉢屋はびっくりせずにいられなかった。
「新実先輩……?」
またどこから出て来るのかと鉢屋が呆気に取られていれば、くるりとこちらを向いた桜がふわりとした笑顔を浮かべた。
「こんにちは、鉢屋くん」
それはいつかと同じ笑顔であり、あのときと同じあいさつだったから、鉢屋はしばし反応が遅れた。

明るい笑顔というのは、初めて見たわけじゃない。
それでも、にこやかに笑う桜が何だかまぶしく見えた気がして、鉢屋は見惚れてしまったのだ。
もっと綺麗に笑う瞬間だってあるだろうけれど、いまの鉢屋にはその笑顔が一番に見えた。
そこにいたのが桜だったからか、それともただ、休み明けに始めに会った人だからかはわからない。
けれど、胸の内に上がってくる何とも言えない感情は、どこか温かいものだったように思えた。
寂しかったとまではいわないが、自分はずいぶん感傷的だったんだなと、鉢屋は自嘲気味にため息を吐いた。

「学園はもう目の前でしょう? 何か、忘れ物でも?」
一向に鉢屋が反応しなかったからか、桜がそう聞いて来たため、ようやく鉢屋は我に返る。
「……いえ、何でもないです」
そう言ってから、あいさつを返し忘れたことに気づき、鉢屋はちゃんと口にしておく。
「鉢屋くんもいまから登校だなんて、すごい偶然ね?」
夏休みが明ける日に顔を会わせるならともかく、まだ休み中であり、いつ登校するかはその人次第だから、こんなふうに重なることは確かにめずらしい。
鉢屋だって、思い立って出て来たのだから、誰かと鉢合わせるとは思ってもみなかった。

それにしても、と鉢屋は思う。
桜は普段、わりと愛想があるんだかないんだかわからないような、温度の低い話し方をする。



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