06



けれど、やはりその桜の態度は引っ掛かるように思えたし、ついでにいえば、伊作に対する言動も気になって仕方がなかった。

廊下に出て、医務室の戸を閉める間際、移動したのか、桜の顔をちらっと見ることができた。
さっき見せていたのとは全く違う、きらきらしたような笑顔を伊作に向けていて、不覚にも鉢屋は、戸を閉める手を止めてしまったくらい目を奪われた。
けれど、まわりに誰もいないのに、それを気取られたくないと考えてしまい、すぐに視線を引き剥がすと、今度こそ医務室の戸をぴったり閉めてやった。
長屋のほうへ、無意識に歩き出しながら、鉢屋はいま見た桜の笑顔の意味をぼんやりと考えてみる。
親しい者にはああいう表情も見せるものなのか、はたまた伊作のみにだけだったりするのか。
心から出る笑顔は驚くほどきらきらしていたから、それが少し気にかかる。
でも、漠然としか考えられないし、どちらにせよ自分には関係がないことだと適当にまとめて、鉢屋はそれ以上あれこれ考えるのはやめてしまった。



伊作に限らず、同じ年ということもあって、桜が六年生と仲がいいのは周知のことらしく、それゆえに各委員会の仕事を手伝っていたり、どの委員会にも入らずに好きにしていたりするんじゃないかと思えた。
あのときの質問もあやふやなまま流れたが、まあそれは聞かなくても大して変わらなかったんじゃないかと、そんな話を聞くとそう考えられた。
名前も顔も、最近になって新実桜という人物を認識したからなのか、思っていた以上にあちこちで見かけるようになり、よくいままで気づかずにいられたものだと、そちらのほうが不思議に思えたくらいだった。
余程、桜は鉢屋の興味の外にいたらしい。
それもまた、いまとなってはなぜかと疑問が残るところだが、いまさらだ。
特別めずらしいことでもないので、深く考えるようなことはなかった。


月の明るい夜だった。
忍者が活動するには向かないが、それ以外には不都合のない、静かな夜だ。
遅くまでやっていた自習を終え、風呂も済ませ、あとは布団に入るだけだったのだが、あまりにも月が明るい光を投げていたから、少し眺めて行くことにした。
いつもなら、そんなこともせずにさっさと寝てしまうのだが、そのときの鉢屋はそういう気分だったのだ。
疲れて、早く横にはなりたかったが、もっと月を見ていたいと思ったから、風呂から部屋へ帰る途中の廊下で立ち止まり、見上げているところだった。



[*前へ] [次へ#]

6/30ページ

ALICE+