09



思案するような言葉は自問に近かったようで、桜は顎に手を当てて首を傾げている。
そんな可愛らしい仕草もするのかと、鉢屋はまじまじ見てしまうが、すぐに我に返って桜の返事を待った。
「じゃあ、入り口までお願いしてもいい?」
正確には入り口ではなく、くの一の長屋との境ではあるけれど、そんな細かいことには突っ込まず、鉢屋はただ快く了承しただけだった。


新実桜という人物を、まだ完全に理解したわけではない。
だから、知らない面というものがあったとしても、そういうこともあるだろうと流すべきかもしれない。
けれど、桜という存在を知って、それなりに話したり見ていたりしたから、鉢屋の中では薄ぼんやりと、人物像が見え始めていたところだった。
確かに、奥の奥には得体の知れない部分を秘めているんじゃないか、と予想していたこともあるが、これははっきり言って考えていなかった。
意外だったというより、見抜けなかったというのが正しいのかもしれなかった。

送ると言ったのは鉢屋からで、それなら自分の監督ミスということになるのかもしれなかったが、さすがにいまのは手も出ない。
これがまた、ものの見事にスポンッと蛸壺にはまったものだから、為す術もなかった。
「……新実、先輩……?」
大丈夫かと言うつもりだったのに、出て来たのはそれだけで、とにかくそこから引き上げてやらなければと、鉢屋は手を伸ばすが、そのときにはもう、桜は自力で蛸壺から這い上がってしまっていた。

「喜八郎ってば、こんなとこに蛸壺掘ってどうする気なのかしら……」
落とし穴や蛸壺なんかは、大抵が四年の綾部作なので、桜はそう言ちて大きなため息を吐く。
綾部を恨めしく思うというより、どちらかといえば自嘲混じりのものだったから、蛸壺に落ちた自分を反省しているのだろうか。
そんな桜に何と声をかけるべきか迷っている間に、桜はとうに歩を進めていて、それに気づいた鉢屋も後に続こうと足を踏み出した。

途端、目の前を歩いて行く桜の姿がまた一瞬で消えたものだから、鉢屋は呆気に取られる。
木の上などに飛び上がったりするのも、一瞬で姿を消したように見えるけれど、それなら鉢屋には見えている筈だったし、どんな現象が起こったかすぐに見当がついていたから、桜自身の意志ではなかった。
近づいてみれば、やはりそこにはぽっかりと穴が開いている。
身を屈めるようにしてのぞき込めば、穴の一番下には案の定、砂まみれの桜がいた。



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