小品



自分のよく知っている桃は果汁がたっぷりで、丸かじりするなら、どう頑張ってもべしゃべしゃになってしまうので、先に手拭いを取り出した。
端のほうで撫でるように桃の皮を剥いていれば、鉢屋が興味深そうに見るものだから、どこか食べ方が間違っているだろうかと思えてしまったが、何も言われなかったので、桜は果実にかじり付いた。

よく知るような白桃というわけではないのだなと思いつつ、やはり味は桃にしか思えなかったので、桜の時代とはちょっと違うのだと感じた。
しかし、手や口のまわりがベタベタになるほど果汁がなかったのは助かったかもしれない。
桃は好きだが、それが少しネックだったから、ゆっくり食べることができた。

「……やっぱり、女の子だな」
ふと、隣で漏らされた言葉に、桜は顔を上げる。
さっきからずっと黙って、桜が桃を食べるのを見ているだけだった鉢屋が口を開いたので、反応も早かった。
「それは、言葉通りに取ってもよろしいんでしょうか?」
鉢屋のことだから、厭味や皮肉だったりしないだろうかと、つい窺うように見てしまったけれど、浮かんだ笑みがやさしかったから、桜の中からも、すっかり懸念が消え失せた。

「さあ……どうとでも。ただ、菓物が好きなんだなと思っただけさ」
だから女の子だな、としみじみ言われたのだと考えると、いまさらながら恥ずかしい。
この時代に菓子や果物がないとは思わないが、それでも元の時代にいるより食べる機会がずっと少ないから、こういうものを食べるのは凄く久しぶりだった。
なのできっと、夢中で食べてしまっていただろうし、それについて突っ込まれるのは本当にばつが悪いどころの話ではなかった。

「次に町に出ることがあったら、今度は私が何か買って来ようか」
ここに来たときとは比べものにならないほど、にこやかな顔で鉢屋はそう言ってくれたけれど、桜はうなずけなかった。
「お心遣いはすごくうれしいんですけど、気遣っていただくのは申し訳ないですから」
だから断ったのに、鉢屋は気にしていなかった。

「遠慮しなくてもいいさ。私が買って来たいって言ってるんだから、そういうときはただ甘えておけばいい」
いつ機嫌が直ったのかはわからないが、むしろいまのほうが鉢屋らしいから、なぜ機嫌が悪かったのかと気にしたほうがよかったかもしれない。
とにかく上機嫌で言う鉢屋に目をしばたたかせ、桜は反論する気も起きなくて、はい、とだけうなずいた。
それを見ると鉢屋はまた笑って、あまり好きじゃないと知っているくせに、いつもみたいに桜の頭を撫でた。



End.
















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65ページの最後辺りに入ります。
ちなみに菓物→くだもの、と読みます。

桃の話というよりは、三郎の機嫌が直った話っぽいです。



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