挿話



鉢屋の気配はときどきわかりにくいが、それでもよく顔を会わせるから探りやすい。
どこにいるか探すときには、本当に重宝していた。
そのときも鉢屋を訪ねて五年ろ組の教室に行ってみたのだが、唯一いた竹谷に、中庭に行ったみたいだと聞かされ、桜は探しに出て来ていた。

集中すれば、それなりに気配を探れるが、鉢屋をなかなか見つけることができなくて、その途中で不破に遭遇した。
「不破先輩! 鉢屋先輩は、どちらにいらっしゃいますか?」
多分、近くにいるんじゃないかと思って桜が声をかければ、予想外の言葉が戻ってくる。
「目の前にいるじゃないか」
と、答えるのは正しく鉢屋そのものではあるのだが、どう考えても目の前にいるのは不破でしかなかった。

「……不破先輩の変装をしている鉢屋先輩の振りとは、またややこしいことをなさいますね?」
そもそも鉢屋が不破の振りをしているので、その振りを不破がしたら、不破が不破の振りをしているようなものだった。
だからか、鉢屋の振りはそれらしく見えたのだが、あっさりバレたことに、不破が笑う。
「やっぱり、桜には通用しないか。……でもさ、よくわかったね?」
意外とバレないんだけどな、と言う不破は本当に残念そうだった。

気配でわかるとはいっても、傍に鉢屋がいるらしい現状のせいか、それだけとは言えないよね? と、不破に聞かれた桜はつい笑ってしまっていた。
「簡単なことですよ」
多分、誰でもわかるんじゃないかと桜が言えば、不破は目を丸くする。
「……笑い方と、言葉の選択が違いますから。あとは、雰囲気でわかります」
声音はどちらも使えるようだから当てにはならないが、そう桜が説明すると、なぜか苦笑されてしまう。
「それ、本当に誰でもわかることなのかな?」
と、そう言う意味が桜にはわからなかった。

「笑い方と言葉の選択はともかく、雰囲気はやっぱり桜くらいにしかわからないものじゃない?」
そう不破に言われるが、桜にはよくわからなかった。
何となく違うと思うのは、誰にでもあることのような気がしたのだ。

「まあ、厳密に言っちゃえば、笑い方が違うのも、言葉の選択が違うのも、ある程度、その人のことを知ってないとわからないことだと思うけどね」
だから誰にでもわかることじゃないと言われると、桜には反論の術がなかった。
そう言われたら確かにそうかもしれないが、その不破の言葉を肯定するということは、桜がある程度、鉢屋のことを知っていると認めることにもなってしまうので、非常に複雑だった。



End.















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86ページと87ページの間くらいに入る話です。
聞けるかは別として、彼女は鉢屋に移ろいやすいについて、聞いてみたかったんだと思います。



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