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例えば、雑渡に向けた感情があこがれのままであったなら、あるいは、鉢屋の気持ちを受け入れられただろうか。
そう考えた時点で、鉢屋の想いとは等しくないとわかっているはずなのに、後から後から浮かぶいろんな感情に揺り動かされてしまう。
自分にとって鉢屋が大切な存在だとわかっているから、何だかんだと大義名分をつけてまで、距離を保っていたかった。
もちろん、そんなことはもうできないとわかっているし、実際はやらないけれど、鉢屋と過ごした時間はかけがえのないものだと思っていた。

「桜? どうした、こんなとこで」
いつもは自習をしているのに、桜が一人で膝を抱えてぼんやりしているからか、やって来た富松がそう声をかけてくれる。
「……富松くん?」
「おう」
見上げれば富松が笑ってくれ、桜の心は少し軽くなった。
明るく笑っているのを見るのは好きだ。
特に忍たまの彼らの笑顔は、桜にも元気をもたらしてくれるから、本当に好きだった。

「……ちょっと、憂鬱で」
本当のことは言えないから、とりあえず一番近い気持ちを口にすると、富松は隣にドカッと座り込む。
「何かあったのか?」
もう一度そう聞いてくれたが、やっぱり答えることはできなくて、桜は曖昧に笑った。
「別に何があったってわけでもないんだけどね」
そう濁せば、富松は何やら言いたそうな顔をしていたが、そうか、とうなずいただけだった。

何かあったとわかっているのかもしれないが、あえて聞かないでいてくれる富松の気遣いがうれしくて、桜はできる限りで笑ってみる。
「富松くん。ありがとう……ね?」
そう言えば、富松は腕を伸ばして桜の頭に手を乗せると、頭巾がずれるのも構わずに、ぐりぐりと撫でてくれる。
「こんくらいで元気が出るなら、いくらだって慰めてやるから、いつでも言えよ!」
それだけ言うと富松はあっという間に行ってしまい、桜がこれ以上は詳しい話をしたがらないと気づいていて、気を遣ってくれたんじゃないかと思えた。


何がどうってわけでもないが、下に下に沈んでしまう気持ちは止めようがなくて、でも鉢屋のせいではないから、今度、顔を会わせるときはこんな自分をさらすわけにはいかなかった。
だから、自分に喝を入れたかった。
富松には元気をもらったから、もっとしっかりしなくてはと思う。
「……何だ、まだこんなとこにいたの?」
そう言って今度やって来たのは浦風で、桜は目を丸くする。
まだ、と言われた意味がわからなかったのだ。
浦風には教室で顔を会わせているが、ここでは初めてだった。

「さっき窓から見かけたときも思ったけどさ、桜、暗すぎ!」
明らかに、見ているだけでどんよりしているのがわかると言われ、桜は苦笑するしかない。
そんなことを言われても、無理にでも明るくできるくらいなら、とうにそうしていた。
「ほら、こっち来て!」



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