02



まだ座り込んでいる桜の手を引いて立ち上がらせると、浦風はそのままグイグイとどこかへ引っ張って行く。
ここ、と座らされた場所は、桜の記憶が間違っていなければ三年生の長屋の榑縁だった。

「さっき出かけたから、買って来たんだよね」
そう言って浦風は懐から紙の包みを取り出すと、それをそっと開いてみせた。
中に入っていたのはブドウのようで、紙を開いた瞬間から甘い香りが漂って来たから、つい桜の頬も緩む。
「これ全部食べていいから、元気出しなよ」
そう言って膝の上にブドウを包み紙ごと置くから、桜はそれと浦風の顔を代わる代わる見、ようやく浦風が自分のために、わざわざこのブドウを買って来てくれたんじゃないかと思いついた。
不器用というよりは、遠回しの励ましに桜はまた相好を崩し、
「ありがとう、浦風くん」
と、心からの礼を口にした。

ブドウの種類はよくわからないけど、多分、一番スタンダードなものじゃないかと思った。
皮が黒っぽい紫で小振りの粒は、よくマスカットとかを食べている桜からすると、懐かしい感じがした。
「ブドウって、こんなに甘かったっけ?」
果汁もたっぷりだし、以前に食べたものよりずっとずっと甘い気がして、桜は手が止まらなくなる。
果物の中でも、本当にずば抜けた甘さのように感じたが、浦風はまた別の意見だったらしい。
「それだけ、桜が疲れてるってことじゃない? 眉間にしわ寄せて、つまんないことばっか考えてるからだよ」
そう言われたが、浦風に桜の悩んでいることを話したことはないし、聞かれた覚えもない。
「つまんないことって……何で、わかるの?」
「だって桜、考えなくてもいいことでいつまでも悩んでるの好きだからさー」
と、即座に返された言葉に、桜は苦笑するしかなかった。

浦風の言うことは少し皮肉も入っているのだろうが、あながち間違っているわけではなかったから、桜はグッと詰まってしまう。
はっきり言われるのは嫌いではないし、本当のことだったから怒る気にはなれなかった。
「……まあ、何があったか知らないけど、桜は笑ってるほうがいいと、おれは思うよ」
唐突に投げられた言葉に浦風を振り返るが、当の本人は照れくさいのか、あらぬ方向に視線をやっていてこちらを見ようともしない。
けれど、浦風が元気づけてくれようとしているのがわかったから、桜の胸は熱くなる。
さっきの富松といい、目の前にいる浦風といい、みんなどうしてこんなにやさしいのか。
何も言わないが、まわりの人もいつも以上によくしてくれるし、そんな彼らのさり気ないやさしさを思うと、桜は泣きそうになってしまうけれど、浦風の言葉を思い出し、桜はそれに応えるような明るさで笑ってみせた。



End.



















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106ページの、鉢屋と話していた後くらいに入ります。
カットしてしまった部分になります。

藤内はわりとあからさまな人だと思います。



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