小品



「せっかくだから、それらしく言い寄ってみるかい?」
たったいま、こういう呼び出しは口説くためのものに勘違いされてるだろう、と説明してくれたばかりなのにそう言うから、何て返したらいいかわからなくなる。
雑渡が女の人に興味があるのかどうかも謎だが、例えばこういう場合、どんな言葉を尽くしてくれるのかと、それも気になる。
「忍たまの子たちが、どういう反応を返してくれるか楽しみじゃない?」
フッ、と軽い笑みを零して楽しそうに言うところを見ると、彼らをからかうだけが目的のようだが、それで大混乱になったら大変そうだ。
何より大事になったら、桜たちが侵入しているのがばれてしまうから、その点も困りものだった。

「……そんな顔しなくても、冗談だよ」
そうは言うが、雑渡の場合は本気か冗談かの区別がつかないから困ったものだ。
「でも、少しくらいは私が言い寄っているように見せかけたほうがいいかと思って」
冗談だと言ったその口で飄々と続けられると複雑なのだが、雑渡にとってはどれも本気ということもあり得るし、そのうち本気で実行しそうな気配もあるので、桜は何と返したらいいかわからない。
言い寄っているように見せかけたほうがいいのかも、桜には判断がつかなかったから何も返せなかった。

「私が熱を上げてると思われたほうが、いいことがあるかもしれないし」
桜が黙っていたからか、さらに楽しそうに雑渡が言う。
余程、忍たまの子たちをからかいたいのだろうか。
「雑渡さんがそうしたいのであれば、あたしは構いませんけど……」
そう言ってしまえば、雑渡の目が本当に? と、聞きたそうに細められたから、桜は苦笑しながらうなずいた。
「あ、あの、雑渡さんがどういうふうに女の人に言い寄るのか、少し興味があったので……」
真顔でさらっと言ってしまえば、軽い意味で取ってもらえるとはわかっていたが、つい声が小さくなり俯いてしまえば、クッと笑われた。

「少し?」
「えっ? ……あ、す、凄く……です……」
わかってて聞いているのだとは思うけれど、雑渡にジッと見つめられてしまうと、誤魔化すなんてできず、桜は言い直す。
しかし、それはそれで恥ずかしくて、自分でもわかるくらい真っ赤になっていれば、ふはっ、と声に出して雑渡に笑われた。

「そこまで言われたら聞かせてあげたいとこだけど、それは今度、見張りがいないときに……だね」
他に聞いてる人なんていないのに声を潜め、内緒話をするように言われたらドキドキしてしまう。
距離を縮めると、後ろで様子を窺っている庄左ヱ門たちが反応するからだとわかっていても、雑渡の持つ雰囲気が桜をそういう気分にさせるのかもしれなかった。



End.




















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50ページの頭くらいの話です。

雑渡さんはどこまでが本気かはわかりませんが、人をその気にさせるのは得意そうです。



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