「いい加減にしてよね!」
昼飯をたらふく食って満腹の中、緩やかな眠気に形だけの抵抗を試みていた昼下がりのこと。
突然の怒気を含んだ高い声に、オレの脳は完全に覚醒した。
なんの騒ぎだ、と執務室の扉を開けてコッソリと廊下を盗み見る。
ボンゴレ本部の長い廊下、その中心。我らが雪の守護者様が霧の守護者の胸ぐらをひっ掴んで殴り飛ばすという、穏やかな午後に目撃するにはいささかショッキングにすぎる光景に出くわし、俺はそっと扉を閉めた。
俺は何も見なかった。
そう自分に言い聞かせ、執務机へ素早く戻る。
「いったい、いつになったら!」
「落ち着きなさい!」
「わたしと結婚する気になるわけ!」
「だからとりあえず落ち着きなさい!!」
何やってんだあいつら…。
室内にいてもなおクリアーに聞こえる2人の会話に頭を抱える。
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる彼女に、「落ち着け」とだけ叫ぶ骸。お前こそ落ち着け。(この際、「ぐえっ」と爬虫類が窒息するような音が聞こえたのには触れないことにする)
書類を処理してしまうつもりだったのに、執務室の前でこのような騒ぎを起こされてしまっては気になって片付けられる仕事も片付かない。
しかしだからといって、彼らの諍いに割って入る気にもなれない。(骸はなんかもう怖いし、彼女の方は彼女の方でキレると手がつけられない)
「わたしと結婚する気、あるの!?ないの!?」
「だからっ、僕の話を聞ー」
「そろそろ諦めてわたしで妥協しなさいよ!」
妥協でいいのか…。
確かに「結婚は妥協だ」とは聞くが、それでいいのか。
というか、どんだけ骸と結婚したいんだあいつは…。
呆れつつ、午前にやり残した書類へ手を伸ばす。
アホらしい、話を聞く気も失せてしまった。
ともかく、さっさと書類を片付けねばならない。
今日の夜は京ちゃんと食事を共にする予定なのだ。
もうひと頑張り、とひとまず外の騒擾を頭から追いやって机に置いておいた紅茶へ手を伸ばした。
「〜っ、わたしの身体を10年も弄んでおいて!」
!?
ぶふっ、と。
まるで漫画でよくある表現のように口にしたばかりの紅茶が勢いよく噴き出る。
あいつ何言ってんの!?
頭から追いやったはずの2人が再び脳内に舞い戻ってきた。
心の中で盛大に突っ込みを入れるも、紅茶を噴いたせいで咳が止まらない。
待て、ちょっと待ってくれ、10年前って、まさかあいつら中学生の時から………いや、考えるのはよそう。
こほん、とタオルで口元を拭き、外面だけでも冷静を装う。
「…『10年前から』、ってね…あの時は大したことはしていないでしょう。」
「した!大したことだった!まだ幼気な中学生のわたしにとんでもないことした!責任とって結婚して。」
「君、責任って…僕は責任を取るためだけに結婚などするのは御免ですよ」
「っ、死ね!死んじゃえ!いやむしろわたしが殺す!!」
「やめなさい、屋内ですよ。」
「死ねっ!」
「グフッ、!?」
バキッ、嫌な音が部屋の外で響く。
何!?何の音!?
すこぶる気になるが、いま廊下へ出て巻き添えを食うのは遠慮したい。
足早に扉へ駆け寄り、耳をそばだてて外の様子をうかがう。
ごちゃごちゃと彼女が意気荒く彼を罵っている声に紛れて、バキッ、メキョッ、ボキッ、と不穏な音が響いているのは気のせいだと信じたいが、状況と彼女の性格から考えて手が出ているとしか思えない。
まさかあいつ、無抵抗の(というか、力で抑えつけているのだろうが…)骸をタコ殴りにしてるんじゃ…!
これはさすがに止めに入るべきかと、グローブへ手を伸ばした。
「っ、そんなに結婚したいですか!」
「したいわよ!」
「ならごちゃごちゃ言わずにリングの好みを教えなさい馬鹿女!」
は?
「君がっ、君がタイプの違うアクセサリーを大量に持っているせいで好みが分からないんですよ!どのエンゲージリングを買おうか、どれだけ僕が悩んでると思ってるんですか!」
「っ、プラチナがいい!!!」
グローブをはめた手から、スルスルと力が抜けてゆく。
は?プラチナ?エンゲージリング?
なんだよ!!2人とも結婚する気満々じゃねーか!!
ふざけんな!!あんだけ人の部屋の前で騒いでおいて!
すう、と息を吸い、扉の取っ手を引きちぎる勢いで回す。
いい加減にしろ、俺は書類で忙しい。
「リア充はさっさと帰って婚姻届でも貰ってこい!!!!!!」
(NEVER TO PART/+10六道骸)