Toxic affair
(骸、白蘭、ジュリー、お兄さん、犬、千種と夢主が同じ高校に通っているという完全ifトンデモ設定。歳上組は高2、歳下組は高1)
骸クンはつくづく苦労の多い人だ。もともと、10年後の未来の記憶や、パラレルワールドの自分の経験から、彼の人生が波風の立たない穏やかなものになるはずはないと知識として知ってはいたが、こうして同じ高校の同じクラスに在籍してデータではなく生身の人間として六道骸という人物を観察していると、本当に報われなさ過ぎて合掌したい気分にさえなる。
特に、先週の月曜日のLHRで彼が修学旅行委員なるものに選出されてしまった時には無意識に両の掌を合わせていた。隣の席のジュリークンは爆笑しながら「よっ!ボンゴレが誇る術士!」と腹を抱えて笑っていた。当然、ボンゴレだの術士だの、僕らの世界におおよそ関わりのないクラスメイトたちは意味が分からないと首を傾げていたが、なにはともあれ自分が修学旅行委員を逃れられた安堵感でいっぱいだったらしく、藍色の彼に助け船を出すものは誰一人としていなかった。僕らのクラスは男子39人で構成された男くさいクラスだが、それだけに結束はそこそこ固い。38人が鋼鉄の契りでもって、全力で骸クンに委員を押し付ける所存であった。
クラス全体から裏切りにあった当の本人だが、了平クンの「極限に任せたぞ骸!!!」という死刑宣告に合わせて場が割れんばかりの拍手を聞いた瞬間に、ゲッソリと5歳くらい老け込んだような顔をしていた。普段であれば面倒ごとは犬クンや千種クンに押し付けるのだろうが、学年が違う以上はこの仕事を彼らに引き受けさせるわけにもいくまい。ぐぬぬ、とやりきれない怒りをかすかにあらわにした骸クンもこの大役を逃れる術は思いつかなかったらしい。そのまま、彼はめでたく我らが2年D組の修学旅行委員に就任してしまった。
そして今週。
「骸おっそい!!」
「まあまあ、もうちょっと待ってあげてよ、なまえチャン。」
修学旅行委員骸隊長は何やら仕事があるらしく、職員室で捕まっていた。これには一緒に帰る約束をしていたなまえチャンはご立腹である。どうも彼女の話をきいている限り、用事があるなら仕方ない、と先に骸クンを置いて帰ろうとした彼女を骸クンが引き留めたらしい。彼はきっと、この愛い少女のために多少遅くなったとしても自分が直接彼女を並盛の自宅へ送り届けたほうが安全だと考えているのだろうが、なまえチャンの方の事情は違ったようだ。先ほどからしきりに”再放送のドラマが見たかったのに!”と教室のつくえに腰をかけて、ドラマを見逃した口惜しさを空中に発散すべく足をじたばたさせていた。
「そんなにドラマの再放送、楽しみにしてたの?」
「そうだよ!いまこのドラマのために生きてるんだから!」
「へえ、なんてドラマ?」
聞けば、シリーズ化されている医療ミステリードラマの名がかえってきた。僕も気まぐれにシリーズ2の1話だけ飯を食いながら流し見をした記憶がある。はて、と脳内のフォルダを漁るが、特に物語の内容には覚えがない。大して僕の興味をそそる作品ではなかったのだろう。しかし、シリーズ4がこの夏に始まると彼女が楽しみがはちきれんばかりの笑顔で言うので、見たことはあるが記憶に残るような話ではなかったなどと言えるはずもなかった。
「そのドラマ、どこが好きなの?」
「えーっとね、まずふつうに話が面白いでしょ、」
斜め右上くらいの空をみつめて”話が面白いでしょ”と指を一つ折る。魅力をいくつかあげてくれるようだが、ふつうに話が面白い、では何も分からない。どこがどういうふうに面白いのか、具体的に聞きたいのだが、お馬鹿さんななまえチャンにそこまで突っ込んだ質問をするのは酷か。諦めて、うんうんと相槌を打ってやる。そうすると彼女はあからさまにキラキラと茶色い瞳を宝石に変えて、尋ねてもいないのに主演の俳優がどれほど見目麗しいか語り出した。正直に白状すると、僕はドラマだのバラエティ番組だの、日本の娯楽番組にはさほど興味もないので彼女がご執心の俳優の名どころか姿形すらも浮かんでこない。しかし、重要なのはなまえチャンの好きな話題で相手をしてやること。僕自身の知識不足などは大した問題ではない。こうして彼女の話を邪険にせずに聞いてやりさえすれば、なまえチャンの心の平穏は保たれる。余すところなく体中で怒りを露わにする彼女も可愛いけども、怒らせてばかりではあのひねくれた男と同じである。
「へえ、面白そうなドラマじゃん。僕もDVD借りて観てみようかな」
「ほんと!?じゃあさ、一緒に鑑賞会しよ!」
「いいね〜、僕の家においでよ、ちょうど家の掃除したばっかりだし。」
「うん!楽しみ!」
ほらね、
口角が意識的に上がる。こうも乗せやすいと、仕掛けた僕に言う資格はないとしてもいささか心配にすらなる。チョロいというか、単純というか。少しでもこちらが彼女の好むものに興味がある素振りを見せれば、いとも簡単に懐に飛び込んでくる。自分が飛んで火にいる夏の虫も同然だとは気が付きもしないで。よくここまで誰にも食われなかったものだ。それは、骸クンの密かな影の努力の賜物だったのかもしれないけれど。
「アハハ」
「なに笑ってんの…?ちょっとキモイよ」
「ううん、鑑賞会が楽しみだなって」
僕と彼女がこんな約束をしたと骸クンが知ったら、きっと烈火のごとく怒るだろう。もしかしたら、今度こそ僕か彼のどちらかが殺されてしまうかもしれない。来るかもしれないその時に思いを馳せると、言い知れない高揚感が身を包む。楽しみだ、とっても。骸クンのことは以前ほど嫌いではないが、殺すことにはきっと躊躇しない。少なくとも僕は彼を友だちというカテゴリーに分けているが、仮に彼がこの世から消えたとしても涙は流すことはないだろう。そして、おそらく、彼の存在がこの世から消えた時、一種の狂喜が際限なく湧き上がることも、自然とそのビジョンが浮かんでは消えてゆく。
そんなことは、口が裂けても彼女には言えないけども。
「楽しみだね〜、ドラマに出てる女優さんもみんな美人だから白蘭も楽しみにしてて!」
僕が一番楽しみなのは、何も知らない無垢な君を家へ引っ張り込むことなんだけどね。
そうして、それに気づいた骸クンが大慌てで家へ乗り込んできたりでもしたら、もっと面白い。
くつくつと喉の奥で笑みをこぼす。
純粋でおバカさんのなまえチャンは、僕が内心では女優さんなんかよりもずっと醜悪な事象を思い浮かべて喜んでいることなど、知る予兆すらない。
可愛い子だ、僕は君のそういうところがどうしようもなく好きなんだよ。
そっと、彼女の頬に手を差し伸べる。
もうその柔らかな肌に触れるか触れないかー、
なまえチャンがきょとんと頭上にクエスチョンマークを浮かべたところで、ガラリと教室の扉が乱暴に開け放された。
「おのれ白蘭んんんんんんんんん!!!!!!何をしているのです!!!!!!」
「おっと、残念、口煩いのが来ちゃったね。」
ぱっ、と手を彼女から離す。
全く勘のいい男だ。
殺してしまいたいほど。
「骸おっそーい!!!あんたのせいで再放送のドラマ見逃したんだけど!」
「黙りなさい、この尻軽女。君も君ですよ。白蘭と二人で何をしていたのです。よもや奴がしたことを忘れたわけではないでしょうね。この男は敵ですよ。」
「昔の話でしょ!」
ぎゃいぎゃいと言い合いを続ける彼らを横目に、僕はスクールバッグを肩にかけた。
こうして二人のいさかいを眺めているのは愉快だが、彼らは争い出すととにかく長いのだ。
「じゃ、僕はお先に帰るよ。なまえチャン、今度楽しみにしてるからね。」
ちょっと待ちなさい、白蘭貴様!!今度とは何のことです!!!
背後に、愉快な骸クンの取り乱した声を浴びながら、片手を振って教室を後にした。
窓の外では夕日がぼんやりと赤く空を染めている。
明日も何か面白いことが起こりそうだ、と口角をあげた。
(可愛いだけじゃダメかしら/白蘭・骸?)