Guy Fawkes Night
季節はもはや冬。
11月に差しかかると、ファントムハイヴ領内の子供達はこぞって忙しそうに古着やぼろきれ、藁などをせっせと集め始める。
11月5日ー、ガイ・フォークス・ナイトで使用するガイ人形の制作に取り掛かり始める時期である。
ガイ・フォークス・ナイトとは、17世紀に起こった火薬陰謀事件─、いわゆる国家転覆を狙ったテロ事件の失敗、および実行犯の逮捕を記念して行われる祭りである。
祭りの日の昼には事件の実行犯ガイ・フォークスを模したガイ人形を市中で引きずり回し、夜になれば引きずり回した人形を篝火で燃やす。
そして更に花火を打ち上げて今後の大英帝国の平和と安寧を願うのがお決まりのクライマックス。
篝火の用意や花火の準備はもっぱら大人たちの仕事であるが、ガイ人形の制作は子供たちの領分。
彼らは小さな手足を動かして、せっせと人形を作り上げるのである。



所用でロンドンへ出た帰り。
屋敷の手前で公用馬車から降りた途端に、何人かの子供達が一斉に茂みから飛び出してきて、“give me 1penny for guy!“と元気よく両手を差し出してきて初めて、名前は暦が11月に移り変わったことに気がついた。
“ガイ人形のために1ペニーちょうだい!“
材料費に乏しい子供たちは、こうして大人たちに1ペニーをねだることも許されている。
目前でキラキラとブルーやブラウンやゴールドの瞳を輝かせてささやかな出資を求める彼らに、名前はにっこりと微笑み返した。



「ああ!!ダメですだよ〜!!この方は領主様の姉君ですだから〜!!」


共にロンドンへ連れて行っていたメイリンが、馬車から荷物を下ろした途端に血相を変えて飛んでくる。
慌てた拍子に転がっていた石ころに躓いてバランスを崩しかけるも、寸でのところで持ちこたえて大きく手を広げて子供達と名前の前に立ちはだかった。
領内の子供が敷地内に忍び込み、名前に金銭を要求するなどという無礼を見逃したとあらば、セバスチャンに叱られることは必至。
彼女も彼女で、主の共をしっかりと勤めようと真剣なのである。
“あっちで遊んでくるですだ!“
無邪気な少年たちの無礼を叱り付けるように(彼女にしては)やや厳しめの声音を彼らの頭上に降らせ、びしっと人差し指を立ててみせたりなどしてみせる。
平素はドジを踏む彼女ではあるが、使用人の中ではフィニのお姉さん的立場にいることもあり、そして年齢的に言えば名前よりも5歳ほど年上である。
こうしてきちんと年下の子供たちを叱る姿などを見ていると彼女も正しくお姉さんなのだと実感し、名前はくすりと小さく笑みをこぼした。


「メイリン、いいのですよ。この子たちに1ペニーずつ差し上げてください。」
「お、お、お、お、お嬢様!?そんなことをしたらセバスチャンさんに叱られてしまいますだよ〜!!」
「大丈夫ですよ。私と貴女が内緒にしていればバレたりしません。ねえ?貴方たちも私からお金を受け取ったことは内緒にできるでしょう?」


“できるよ!!“
大きな声ではっきりと、少年たちが答える。
その姿に、メイリンは赤毛を揺らしてあわあわと悩む素振りをみせたものの、結局は名前が彼らの頭をよしよしと撫でる姿を見て、観念したように懐から1ペニーずつ取り出して彼らに渡してやった。
ぎゅう。
彼らの日焼けした手が小さな銅のコインを大切そうに握り込む。
少年たちは少し傷んだ薄茶髪を風に靡かせて、にっこりと名前に満面の笑みを見せた。


「ありがとう!名前様!」
「いいえ、どういたしまして。ぜひ立派なお人形にしてくださいね。」
「領主様たちは、ガイ・フォークス・ナイトのお祭りには来るの?サムおじいさんの農場から花火をうちあげるんだけど」
「そうですね...領主はお仕事が忙しいので行けないかもしれませんが、私は参加させていただこうかしら?」
「本当!?絶対だよ!?」
「ええ、私だけでも参加させていただきますね。」

彼らの視線に合わせて屈んだ名前がそう言うと、“やったあ!“と歓声を上げた彼らは、ぴょこぴょこと飛び跳ねるようにして再び茂みの中へと消えていった。
その小さな後ろ姿は鬱蒼と生い茂る木々に隠れて一瞬で見えなくなり、そして遂にはガサガサと落ち葉を踏み締める音や興奮したように話す中流なまりの英語も聞こえなくなり。
そうこうしている内に、完全に二人の前から気配を消してしまった。
すっかり消えてしまった子供たちの気配にまた一つ微笑みを浮かべて、名前は腰を上げる。
にこりと背後のメイリンを振り返ると、彼女は頭を抱えてうねうねと悩ましげに身体を揺らしていた。


「お嬢様〜......セバスチャンさんにみつかったらとんでもなく叱られるだよ......あの子たちお嬢様にとんでもない無礼を.......しかもお屋敷の土地に勝手に入り込んでたですだ......」
「大丈夫ですって。私は無礼というほど無礼を働かれていませんし、屋敷への不法侵入は......ええ、少しまずいかもしれませんけれど......、でも、ええ。悪いのはセバスチャンです。屋敷への侵入をあっさり許してしまっているのですから。警備が甘いのです。」


でもでも〜、と冷や汗を垂らしながら荷物をもって名前の後をついて玄関へ続く螺旋の階段を上がるメイリンを振り返り、“しいっ“と人差し指を立てる。
それにびっくりしたようにぴしりと硬直したメイリンは荷物を落としてしまったが、名前は得に気にかけず─、というよりも目前に迫った屋敷の正面玄関の方を気にしつつ、口を開いた。


「あの人、とんでもない地獄耳ですからそろそろお口はチャックしておかないと、聞こえてしまいます。」


はっ!としたように両手で口を覆うメイリンにゆっくりと頷いてみせて、彼女は階段を上る。
そしてメイリンは、口元を覆ったまま手ぶらで名前の後をついて上り、大急ぎで屋敷の玄関を開けた。
ガチャっとやや忙しない音と共に開かれた重厚なホワイトの扉の向こう側。
その先では、予想通りにこりとセバスチャンが待ち構えたように出迎えていた。


「お帰りなさいませ、お嬢様。」
「はい、ただいま戻りました。」


名前がふてぶてしさを感じるほどに涼しい顔をしているのとは裏腹に、彼女の方はよほど先ほどの少年たちの不法侵入と1ペニーちょうだい事件の発覚を恐れているらしく、そわそわと手を揉んだりなどしている。
千鳥格子の名前のコートを受け取り、セバスチャンはどこか緊張したようなメイリンへ冷たい視線を巡らせた。
そしてメイリンもセバスチャンの探るような視線に気づいたか、途端にぴしいっと姿勢を不自然なほどに正し、かくかくと出来の悪い人形のような動作で以って屋敷内に足を踏み入れた。
“た、たたたた、ただいま戻りましたですだだだだ!!“
帰宅の挨拶ですら、気の毒なほどに不自然である。
しかし、彼はメイリンのおかしな態度以上に玄関前の階段に落とされたままの名前の荷物を目ざとく見つけ、瞬時に眼を吊り上げて声を荒げた。


「メイリン!お嬢様の荷物を階段に落とした上にそのまま放置するとは何事ですか」
「はっ!!!あわわわわわ、.....!すっかり忘れてたですだ〜!!!!!!」


ヒィ!と大慌てでツノを生やした(ように見える)セバスチャンに背を向け、荷物を取りに再び玄関の外へ向かったメイリンに深い深いため息をつき、彼は未だ涼しい顔で“何も悪いことはしていません“とでも言いたげな名前へと向き直った。
何があったのか、おそらくは彼女たちが何かしら自分に叱られて然るべき事をしでかしたのであろうと予測はついていたが、今はそれ以上に重要なスケジュールが名前に迫っている。
後で簡単に口を割りそうなメイリンから事情聴取をせねばと頭の片隅で考えながら、セバスチャンは名前を階上へとエスコートした。



「あら?何か予定があるのですか?私は今日一日は何のレッスンもなかったはずですけれど......」
「ええ、急遽予定が。ガイ・フォークス・ナイトでお召しになるドレスの仕立てを急遽スケジュールに組み込ませていただきました。」
「ガイ・フォークス・ナイト?私が公式に参加することになったのですか?」
「はい。エリザベス様がファントムハイヴ領の篝火が見たいと仰しゃられまして.....ですから、いっそのことファントムハイヴ家が直々に公式参加する、と坊ちゃんが突然領内にお触れを出されたのです。」


不必要に“突然“の部分を強調したあたり、セバスチャンはこのエリザベスの奔放なわがままとシエルの急な予定変更を快く思ってはいないのだろう。
それが手に取るようにわかって、名前は苦笑いをした。
普段は足音一つ立てずに歩くセバスチャンがカツンカツンと神経質そうな音を立てて革靴で赤絨毯を踏み締めているあたり、いかにこの急な行事を面倒臭がっているかがはっきりとしてしまう。
いつも弟とその婚約者に振り回されている彼には悪いが、これは楽しい11月の幕開けになりそうだ、とこっそり胸の内で期待が膨らんでゆく。


「ですので、折角のお休みのところ申し訳ございませんが、予定を入れさせていただきました。坊ちゃんとエリザベス様も今、採寸をなさっています。」
「まあ!じゃあ、上にリジーとニナがいるのですね?」
「ええ、応接室に。お嬢様もすぐにそちらで採寸を。」



るんるん、と軽やかなステップを踏んで、名前はサルーンから続く階段を上がってゆく。
ファントムハイヴ家お抱え仕立て屋のニナ・ホプキンスとはドレスや流行の話ですこぶる話が合う上、エリザベスも年頃の少女だけありファッションに関する話は大好物である。
普段はメイリン以外にこうした女性らしい話をする相手がいない名前にとって、ニナやエリザベスに会うというのは、採寸や仮縫いの後にそのままお茶会を開いて好きなだけ女性同士の話をするイベントと言って差し支えない。
ニナやエリザベスが屋敷を訪れると決まってセバスチャンはため息をついているが、名前の知ったことではない。
今日も存分にお話をしよう、できればリジーにもニナにも泊まって行ってもらおう、などと胸を膨らませながら廊下を駆ける。
背後で執事が“廊下で走らない!“と口うるさい教師のような事を口走っているが、もはや脳内にお花は満開、蝶まで乱れ飛んでいる状態の名前の耳は都合の悪いことは受け付けない。
何も聞こえていないフリをして、名前はバン!と派手な音を立てて応接室の扉を開け放した。


「レディ・名前!お久しぶりですわ」


部屋の入口に名前の姿を認めた瞬間、誂えられた猫足の椅子からとんでもない速さで立ち上がったニナが勢いよく飛びついてくる。
彼女曰く“ブルーマー夫人のリスペクト“らしい活動的でありながらもややはしたなさの見えるショート丈のパンツスタイルに、きらりと耳元できらめくドロップ型のピアス。
くるくると螺旋を描くように手首から香る上品なスズランの香水。
今日も完全に流行の最先端をきっちりと押さえた彼女は、どすん!と名前の胸のあたりに飛びつき惚れ惚れとその胸部を眺め回した。
完璧なプロポーション、美しい膨らみ、柔らかな感触。
触れればきっと、柔らかくて甘くて背筋を這うような快楽を得られるに違いないそれ。

「ああ.....やっぱり、いつお会いしてもキュートですわ.....それでいてこのグラマラスな身体.....なんて背徳的な方かしら.....」


うっとりとはち切れんばかりの豊かな胸元を視線で堪能して触りたそうにわきわきと手を閉じたり開いたりとしているが、ニナは以前に名前の胸を揉んだ際にミスター石頭執事(目が笑っていない)からやんわりと注意を受けている。
胸元に触れるのを諦めたか、ニナからちゅう、と頬に挨拶代わりのキスを贈られて名前もにこりと“ずっとニナに会いたかったのです“と満面の笑顔を返す。
すると、リジーもぴょこりとシエルの元を離れて彼女たちの方へ駆け寄ってきた。


「お義姉様!お久しぶりです」
「ええ、お久しぶりですね。貴女にお会いするのも、楽しみにしていたのですよ」


にっこにっこと金糸の髪を揺らすエリザベスの頭頂部をよしよしと撫でると、頭上からハートマークを放出しているのではないか、と思ってしまうほどに愛らしく“ふふ、“と笑ってみせる。
ニナ曰く“ラブリー“なエリザベスをぎゅうっと抱きしめていると、やや遅れて執事が室内に入ってきた。
そして、女性陣3人が頭上に花を撒き散らしながらきゃっきゃとはしゃいでいる様を、至極面倒臭そうな目で一瞥。
部屋の奥でげっそりとした顔で紅茶を啜っている主に近寄って、ひっそりと耳打ちをする。


「だいぶお疲れのようですね」
「当たり前だ。ニナとリジーのテンションについてくだけでも必死なのに、そこに姉さんまで加わってみろ─、僕には手に負えん。」


香り高いリッチウェイのブレンドも、きゃいきゃいとはしゃぐ女性陣の声に掻き消されてしまったようにその香がすっかり薄れてしまっている。
その上、気のせいかティーカップに刻まれた美しいブルーのバラの装飾ですらどこかぼんやりと薄れてしまっているような。
これは紅茶の淹れ直しが必要ですかね、と心の中で呟いて、セバスチャンはマイセンのティーカップを回収した。


「ホプキンスさん、お嬢様の採寸を早くお願いします。」
「ああ、そうね。さっそく測らせていただこうかしら。ささ、レディ・名前。私にお身体を見せてくださいな。」


ささっとメジャーを取り出したニナは素早くつい立ての向こうへと姿を消し、ひょっこりと楡の木でできたそのパーティションから顔だけを覗かせた。
さあさあ、早くいらして!とワクワクと瞳を輝かせているニナとは正反対に、名前はメジャーを目にした途端にうっ、と言葉を詰まらせる。
採寸、つまりはウェストとヒップ周りのサイズを測るその行為。
お世辞にも細いとは言えない名前にとって、憂鬱に憂鬱を重ねたとて言い切れぬほどに悩ましい行為である。
ニナに会うことができるのは嬉しいことこの上ないが、採寸だけはどうにも勘弁してほしい。
とはいえ、それを執事が許すはずもなく。


「さあ、お早くなさってください。もう予定を1時間も推しています。」


やんわりと背に手を支えられて細かな装飾のなされたパーティションの向こうへと押し込まれると、そこから先は早かった。
ニナの流れるような手つきでお気に入りの深紅のドレスを脱がされクリノリンを脱がされ、すっかり下着だけの姿にされてしまうと、ぐるりとメジャーを腰に巻付けられる。
そこに“つい立ての向こうにはセバスチャンやシエルがいるのに“という羞恥の入り込む隙はない。
無情にも目盛りは彼女の腰回りをきっぱりと数値化し、ニナは“どれどれ.....“とウェストの目盛りを見極めるべく眼鏡の奥で目を細めた。


「あ〜ら、レディ?イースター前に測った時よりも少しふくよかになられてよ?」
「言わないでくださああい!!」
「あらあらまあまあ.....ええ、でも大丈夫。太っている、というほどではございませんわ。少し食事を制限すればすぐに元に戻る程度.....言ってみれば、誤差です。」
「そ、そうですよね.....誤差、これは誤差.....」


ニナがサラサラと羊皮紙にウェストを書き込んでゆくのを血走った目で見つめ、言い聞かせるようにうんうんと頷く。
そう、これは誤差。誤差である。
ただでさえくびれのない彼女の腰回り、こんな数字を認めるわけにはいかない。
調子良く“すぐに元に戻りますね!気にするまでもありません!“と高らかに宣言したその瞬間、つい立ての向こう側で執事が大きなため息をついた音が聞こえた。


「そんな訳がないでしょう。ホプキンスさん、ウェストをこちらに。」
「はいはい、執事の貴方にはお見せした方がいいかもしれませんわね。」
「あっ、ニナ!ダメです!!!あーっ!!!!!」


無情にも羊皮紙をパーティションの上を通してセバスチャンに手渡してしまったニナに“どうして渡してしまうんですかあ!“と泣きつくも、彼女は申し訳なさそうな顔をしつつ言葉を返す。


「だってレディ、このお屋敷では洋服の購入係は執事の彼なのでしょう?だったらレディ・名前のサイズだってきちんと知っていてもらわなくては.....」


それはそうですけど、と口ごもりながらも涙目の名前の目元をよしよしと薄桃色のフリルに縁取られたハンカチで拭って、ニナは腰を屈めた。
そして、そうっと名前の耳元で内緒話をするようにこそこそと囁く。


「それに、ねえ?レディだって毎日食べすぎてしまいますわよね.....ご自分の好きな相手が食事を作るのですもの.....それが美味しいとなれば尚更ですわ」
「ニ、ニナぁ.....!!」


ぼそりと鼓膜に落とされたその発言に、ぼっと頬を赤く染めて名前はパーティションの内側でへたり込んだ。
ニナの言葉には一つも間違いがない。
好きな相手であることも、自分が食べすぎてしまっていることも、そして彼の料理が美味しいことも。
それだけに何一つとして否定をすることができず、名前は下着姿のまま妙なうめき声を上げてすっぽりと顔を隠してしまった。
黒い手袋に覆われた手の内側で、頬が激しく燃えてでもいるように赤らむ。
ふんわりとしたコットンレースに縁取られた下着の白にずいっと影が差したかと思うと、ニナがにんまりと唇を上げて、名前にさらなる追い撃ちをかけてくる。
彼女の唇を彩る薄いピンクのルージュまでもが楽しげにツヤツヤときらめいて、同じく彼女に追撃をかけているようにすら見えた。


「ガイ・フォークス・ナイトといえば、やはりクライマックスは篝火.....当日、伯爵はレディ・エリザベスをエスコートなさるようだし、ラストの篝火くらいあの石頭の彼も付き合ってくださるかもしれませんわよ?名前嬢。」


まるでそれは、悪魔の囁きだった。
本物の悪魔はつい立ての向こうで自身の黒い手帳に名前のウェストサイズをサラサラと書き込んで嘆息しているのだが、ニナ・ホプキンスのその言葉はそれ以上に悪魔らしい甘美な響きを帯び、名前に甘い夢を見させる。
ラストの篝火─、それは祭りの中でも最も盛り上がり、そしてロマンティックなイベント。
十字架を模した木に煌々と焚かれる情熱的な炎の赤い光に、まるで夜が焼けるような幻想的な光景。
その冬空を、セバスチャンと二人で見られたら。
ぽうっと惚けたように思考を11月5日の夜に飛ばしているらしい名前を一瞥し、ニナは更に笑みを深くしてやんわりと彼女の手を握った。
その瞬間、ニナが身に纏っている流行りの香水の香りが優しく辺りを包み込み、名前の口を素直にさせる。


「さあ、どんなドレスになさいます?折角の夜ですもの、素敵なお洋服で着飾りたいですわよねえ?」


たっぷりの沈黙の後、名前は小さく唇を開いた。
“─が、いいです“


「え?レディ?何ですって?」


にこにこ、とニナが形のいい耳を名前の口元へと寄せる。
ぐっ、と口ごもった名前であるが、遂には観念したように、それでいて誘惑には逆らえなかったかのように─、
薔薇色に染められた唇をゆっくりと開いた。


「だ、だ、抱きしめられた時に、手触りのいいドレスがいいです……!」


“キタキタキタキタァーーー!!!!漲ってきましたわよレディーーーーー!!!!!!“
がしり、と再びあまりの恥ずかしさに俯いてしまった名前の手を握り、やや息荒くニナが拳をにぎる。
あまりに彼女が興奮し、激しく身体を揺らしたせいでパーティションが倒れかけて危うく下着姿の名前が衆人の目に晒されるところであったが、それはそれ。
ウェストを手帳に転記し終えた執事がしれっと外側からつい立てを支えたお陰で大惨事には至らなかったが、もはや名前の脳内とニナのテンションは大惨事である。



「アナタ!早く私のペンと紙を!!素材は決まったわ、手触りのいいベルベット!忘れないうちに書き留めておくわ!」
「かしこまりました」



無表情のセバスチャンが木製の目隠しの外側から紙とペンを手渡すと、ニナはものすごい勢いで応接室のガラステーブルを占領し、“うおおお!“と咆哮を上げてドレスのデザインを始めた。
“ベルベット.....色味は夜のようなネイビー!イブニングドレスだもの、胸元ははっきり強調していく方向でいくわ!それからケープやアクセサリーで華やかさを出していきましょう!!“
ニナの一言一言に、シエルの向かいに座ったエリザベスが素敵!と歓声を上げる。
その真向かいで、シエルはもはや表情を取り繕うことなくただ無表情でマロンのプティ・フールを口に運ぶ作業に徹していた。


その一方、未だついたての内側でへたり込んでいる名前は11月5日の夜、篝火のクライマックスに想いを馳せ、一人で“抱きしめられたりなんかしたらどうしましょう“とだらしなく頬を緩ませてうねうねと悶えているが、果たしてそんなことがあるのかどうかはあの悪魔の機嫌次第である。
最も、黒革の手帳に書き込まれた名前のだらしないウェストの数値を眺めながら、着々と脳内でスパルタダイエットメニューを組んでいる彼に、甘い夜を期待するだけ無駄であるような気もするが。
夢を見るのは自由、とお茶を濁しておく他はないのである。




(ガイ・フォークス・ナイト─前夜/sebasutian,nina)














prevnextHP
ALICE+