シエルの誕生日が過ぎた辺りから屋敷内ではツリーや靴下などのクリスマス飾りがその姿を見せていたが、25日には屋敷の廊下に等間隔にヤドリギのリースが飾り付けられていて、名前はきゃっきゃとはしゃぎ回った。
赤いリボンが巻き付けられたリースのヤドリギは、フィニが懸命に育てていたものを使って作られたのだと今朝彼女を起こしに来たメイリンが教えてくれた。
なるほど廊下を飾るヤドリギはどれも深い緑色が美しく、まさに"生命力の象徴"らしく生き生きと力強い葉を繁らせている。
リースに加工されたとて消えることのないその生命の美しさは、いつも元気なフィニに世話されたお陰であろうか。
ベルベットの赤いリボンとの色目の組み合わせもクリスマスらしさがあり、可愛らしい。
よほどリース飾りを気に入ったのか、25日の朝から名前は意味もなく屋敷内を練り歩いてクリスマスに浮かれる12月の空気を楽しんでいた。
「わあ!!」
思わず足を止めて歓声を上げた彼女の視線の先には、ひときわ立派なリース飾りが壁にかけられていた。
それはちょうど、ファントムハイヴ家の図書室の扉のすぐ隣。
この家に住まう者で図書室を日常的に使用するのは名前だけである。
人気の少ない図書室の近辺にこうも立派なリースが飾られているとは思わず、ぱたぱたとヤドリギの下に駆け寄って名前は下からその愛らしい飾りつけを見上げた。
屋敷内の他のリースとは違い、それだけは円形に生い茂るヤドリギに見事な赤い薔薇の花が射し込まれていた。
リボンは赤ではなく、夜空で染め上げたような漆黒。
力強い緑と華やかな赤と、大人っぽい黒の組み合わせが惚れ惚れとしてしまうくらいに可愛らしくて、名前はにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「可愛いですね〜〜」
独り言まで飛び出してしまう始末。
しかしそれほどに、彼女はこのリースを気に入ったのであった。
このリースの下で読書をしたら、とっても素敵ではないだろうか。
領内の教会から聞こえる微かな聖歌を流し聞きながら、お気に入りの本を読んで─、そしてちらりと上を見上げればクリスマスらしい可愛らしさのあるリースを眺めることもできる。
なんと素晴らしいクリスマスの過ごし方だろう。
でれでれと両頬に手を当ててヤドリギの下から美しいクリスマスの装飾を見つめ続けていた。
「本当に可愛い……いったい誰が飾りつけをしたのでしょう……」
「お気に召していただけたようで光栄です、お嬢様。」
「!、」
突然に彼女の耳元で聞こえた低い声にびっくりとして背後を振り返ると、したり顔で彼女を見つめるセバスチャンと目が合った。
いつのまに私の後ろに!と叫びだしたい気分ではあったが、彼女も彼女でリース飾りに夢中で周囲のことなど頭から弾き出されていたので、彼の接近に気づかなかったのも無理はないのかもしれない。
名前は驚きにばくばくと心拍数を上げる心臓を落ち着けるように豊かな胸に手を当てて、一呼吸をおいた。
「随分とお気に召していただけたようですね。あんなに熱心にご覧いただいて。」
にこりとセバスチャンがリースに優しく触れながら口にした。
名前では到底触れることのできない位置にあるヤドリギにも、背の高いセバスチャンならば易々と手が届く。
艶々と美しい花弁を開かせている薔薇の花を細い指先で撫でて、彼は眉を下げて儚げに名前を見つめた。
とくん、と胸が高鳴る。
この美しい男が好きだと、この心臓が叫びだす。
薔薇の香りに当てられてくらくらとした名前は、頬をじんわりと薔薇色に染めつつも気をそらすように彼に質問を投げ掛けた。
「そ、そういえば、どうしてこのヤドリギだけ薔薇が挿してあるのです?リボンの色も他とは違いますし……」
あわあわと頭上の薔薇とリボンを指差して、彼に問い掛ける。
先程の発言を見る限り、飾りつけをしたのはセバスチャンであろう。
彼ならば、屋敷内すべてのリースを全く同じデザインで統一しそうであるが─、
ちら、と執事を振り返ってみると、彼は美しい瞳を細めてやんわりとリースへ伸ばされた名前の指を絡めとった。
「図書室のリースを特別なものにすれば、名前様が足を止めて見てくださるだろうと思いまして。」
「ま、まあ…!わざわざ私のために……?」
びっくりと大きく瞳を見開いていると、セバスチャンは名前の腰を軽く引き寄せた。
がしりと腰を掴む逞しい腕、そして彼女の右手を取る細長い指先。
うっとりとしてしまうくらいに芳醇な薔薇の香りが頭上から降り注いで、名前はされるがままに身動きを封じられてしまった。
「な、なあに……?」
「お嬢様、ご存知でしょう?クリスマスの日、ヤドリギの下では誰もがキスを許されると。」
「!ま、まさか貴方、わざわざそのためにリースを……!?」
慌てて身を引こうにも、もう遅い。
狡猾な悪魔は獲物をきっちりとその腕に抱えてしまっている。
捕らえられた名前は、近づいてくるセバスチャンの端整な顔に耐えきれず、ぎゅうっと目を瞑った。
「─、」
ちゅう、と吸い付く唇。屈められた腰。
鋭い牙が名前の柔らかな唇をふにふにと甘く食む。
まるで唇を食べられるようなキス。
腰を固める腕はどこか優しいようにも思えて。
漆黒の燕尾服に頬を寄せると、頭がおかしくなりそうなくらいに艶っぽい香りがする。
腰から崩れ落ちるような甘く痺れる快楽に、名前は鼻にかかったような吐息を漏らしていた。
クリスマスの日、ヤドリギの下では誰もがキスを許される。
使用人も令嬢も、人間も悪魔も。
身分の差も種族の差も、この華やかなヤドリギが覆い隠してしまう。
クリスマスの罠にすっかりかかってしまった名前は、蕩けた瞳を開くこともできずに彼にすがりついた。
それが彼女を罠にかけた彼の責任であるとでも言うように。
悪魔は名前の唇をもう一度食んで、ヤドリギから抜き取った一本の薔薇を名前の髪に挿し込み、満足そうに彼女の小さな手を握りしめたのであった。
(私にキスをして/sebastian )