The Rocky Horror Show
※現代パロ
※妄想のかたまり



名前・ファントムハイヴはごく普通の高校生である。
ロンドン郊外の自宅からナショナルレールとチューブを乗り継いでロンドン市内の名門女子校に通う17歳。
実家は由緒ある伯爵家、父は上院議員、弟は玩具メーカー「ファントム社」の社長ではあるが、この程度のスペックを持つ女子高生など周りにはごろごろいる。
何より、彼女自身は会社の経営に立ち会ったこともなく政治経済はからきし、まさしく箱入りのお嬢様。
自身がどれほど恵まれた家庭に生まれ育っているかなど、これまで考えたこともない脳天気な少女であった。
その呑気さは余すところなく性格に反映され、ややぼうっとしている部分や動作がきわめて遅い節があり、学校へ行くまでに猛スピードでストリートを駆け抜けるブラックキャブによく轢かれてしまうのが最近の悩みだという。
恐ろしくオツムの弱いお嬢様、とは弟の秘書兼お手伝いさんのセバスチャンの言であるが、彼の言うことはあながち間違ってはいないどころか正論で、これを聞いたシエルは勢いよく紅茶を噴き出してしまったものだ。
ブラックキャブに轢かれ、チューブの乗り換え間違いは日常茶飯事。(得に広いウォータールー駅を苦手としている)
不思議と学校の成績はそう悪くはないものの(とはいえ決して良いわけでもないが)、基本的に人間として生きるに向いていないほどのんびりしている姉を内心ではシエルも“オツムが弱い“と感じていたのである。
最も、そんなことを言えば姉が傷つくに決まっているので彼は口にしたことはないが。




ところで、その名前に先日彼氏ができた。
生まれて初めての彼氏である。
彼女の親友とも呼べる間柄の従兄弟、エドワードが聞きだしたところによれば、相手はエドワードと同じ名門男子校の5年生。
エドワードと直接の面識はないが、彼と同学年であるという。
“確かに、女が好きそうな顔ではあるな。頭もいいしサッカーも上手い。あと車にも乗れる。“
つらつらとエドワードがファントムハイヴ邸で話したことをふむ、と聞いて、セバスチャンはこっそりとメモを取った。
名門候爵家の長男、父はヴィンセントと同じく上院議員。校内での成績は良好、進学先はオックスフォード志望、見目は麗しく、地元サッカーチームのJr.ユースに所属していたこともある。愛車はレストアしたクラシックカー、ロータス7。
神妙な顔でエドワードの報告を聞いていた彼は、次の日からすぐさま行動に移すことにした。
朝7時。
名前の通学をちょいと見張ってやれば、ひょこひょこと駅へ向かう彼女に合流する背の高いシルエットを捉えることができた。
髪は朝日に輝く美しいブロンド、瞳は澄んだ水面のようなアイスブルー。
長い手足にスマートな体躯など、いかにも名前の好みそうな青年であった。


二人がこうして通学を共にし、そして時には休日にデートなどをしている様子をセバスチャンは逐一尾行し、黒革の手帳に行動を細かくメモを取っていた。
ある日は彼が轢かれかけた名前を救う様を、そしてまたある日はわざわざ名前の学校の正門まで彼が送り届ける様を。
そしてまたある日は、二人がテートモダンや大英博物館でじっくりと名画鑑賞をしている様を。
さすがに彼がさりげなく名前の頭を撫でたり手を繋いだりなどした時には苛立ちに万年筆を折ってしまったが、彼は幸せ満開の二人に見つかることなく1ヶ月間に渡る尾行を成功させた。
あとは、仕上げだけである。
シエルを寝かしつけ夕食の洗い物を終えた彼は、ふう、と濡れた手をエプロンで拭きながら明日の名前の泣き顔を思い浮かべ、にやりと口角を上げた。
明日、彼女は盛大に泣きながら帰ってくるだろう。
もしかすると、またブラックキャブに轢かれて帰ってくるかもしれない。
意地の悪い笑みを浮かべた彼が楽しそうに朝食の仕込みを始めた頃、名前は明日の惨劇など知らずに呑気に自室で自撮りを極めていた。
とろとろと腕を精一杯に伸ばして上向きのアングルで自身をなんとか小顔に見せようと輪郭に手を添えたりなどして。
上手く撮れたら彼に送りましょうか、とにこにこと微笑む彼女は、学校で友人から教えてもらった写真の加工アプリをインストールしながら紅茶を啜った。
無知とは時に幸福である。
そんな名前の幸福とセバスチャンの目論見を載せて夜は更けてゆく。
明日、彼女の身に降りかかる悲劇を覆い隠すような闇で濃く深く世界を塗り潰して。




翌日。
登校時には“(昨夜セルフィーを極めていたせいで)ホームワークができていません!!“と半泣きになりながらも、駅で彼と待ち合わせた途端にスカートの裾を直して機嫌よさ気に学校へ向かった彼女であったが、アフタヌーンティーの時間になると目元を涙でぐちゃぐちゃにして帰ってきた。
キッチンでアーモンドチュイールを焼いていた彼は“おや、“とわざとらしく驚いて玄関口で立ち尽くす彼女に近寄ると、そっと涙に濡れる頬に指の背で撫で下ろした。
ひっく、ひっく、としゃくり上げて目元を真っ赤にしている名前に事情を聞いてやると、彼女は“うわあん!!“と火にガソリンを注いだような勢いで泣きはじめた。
ぼろ、ぼろ、とこぼれ落ちる大粒の涙が名前の喉を伝い、そして制服のシャツに大きな染みを作る。
よしよしと彼女の背をさすったセバスチャンは、こっそりと口元を緩めて笑っていた。



「っく、あの、あの、」
「ええ、ゆっくりで構いませんよ。どうなされたのです?」
「っ、あの、彼が、彼から連絡がきて、」
「ええ。」
「私は彼につり合わないから、別れるって.......」
「お嬢様が?つり合わない?」
「うん.......“名前はトロくてマヌケで頭が弱いから苛々する“ってぇ.......」


“ふええん.......“と玄関口で崩れ落ちてしまった名前を抱きかかえ、セバスチャンは彼女をダイニングの椅子に座らせた。
制服のえんじ色のリボンが涙に濡れてひしゃげてしまったのをしゅるりと彼女の首もとから解いて抜き取った彼はわざとらしい悲しげな顔で名前の頭頂部にキスを落とし、彼女の前にティーセットを準備した。
こぽこぽ、と控えめに注がれる紅茶は心に沈静をもたらすカモミールのフレーバー。
ぐずぐずと鼻を鳴らし始めた名前にティーカップを差し出すと、彼女は悲哀に震える指でカップを受け取り、陶磁の端に唇をつけた。


「おいしい...です....」
「今日のおやつはアーモンドチュイールとポルボローネをご準備しておりましたから。香りのよいカモミールをご用意しておりましたが.......ちょうどよいタイミングでしたね。お嬢様、カモミールにはリラックスの効果がございますから.......おかわりなさってください。」


にこりと眉を下げて親身に語りかけてくるセバスチャンの優しさにまたぐじゅぐじゅと嗚咽を漏らしはじめた名前は、赤いリボンのケースに飾られたスマートフォンを取り出した。
トロトロとゆっくりとした動作でWhatsAppのチャット画面を開くと、そこには大好きだった彼の名前。
うるうる、と瞳に涙を溜めた名前の前に焼き上がったばかりのスイーツを置いて、セバスチャンはゆるりと彼女の指先を握った。



「消してしまいましょう。お嬢様にそんなに酷い言葉を浴びせる男など、ロクな人間ではありません.......さあ、名前お嬢様。ご決断を。」
「はい.......っつう、うう.......」



震える指先は、半ば力を込めたセバスチャンの指に操られるように“delete“に触れた。
彼女の白い指の腹が触れたその途端、ぱっと“友達のIDを削除しますか?“と警告画面に切り替わる。
はい、いいえの二択を迫られた彼女は、目をつむって“はい“を撫でるようにタップした。



「お嬢様、消えましたよ。これでもう心配は不要です。貴女を傷つける者は閉め出されました。」



にこりと名前の頬の雫を拭って穏やかに笑いかけるセバスチャンに、名前は力なくこくりと頷いた。
不意に終わってしまった初恋の行方を探すように虚ろな目で紅茶の水面を眺め、名前はのろのろとカップを手に取り、再び紅茶に口をつけた。
喉の内側を流れてゆくそれは暖かいのにすっきりと冷えるような爽快感が心地好く、無理矢理にでも名前の未練を胃の底へ流してゆくようである。
ぐじゅ、ともう一度だけ鼻を鳴らした彼女は、献身的に慰めた家政夫に向き直り“ありがとうございます“と頬に軽く親愛のキスを贈った。




「いいえ。お礼を言っていただける程のことはしておりません。さあ、名前お嬢様、お夕食は何にいたしましょうか?お嬢様の好きなものをご用意いたしますよ?」
「ブイヤベース.......」
「承知いたしました。」


ふ、と愛想のよい笑みを浮かべたセバスチャンのシャツの胸ポケットでひっきりなしにWhatsAppが通知を告げていることに、名前は気がつかない。
“名前と別れました“ “貴方の言う通りに彼女を傷つけました“ “だから─、だから、許してください“
悲痛な青年の叫びは、名前に届くことはない。
互いに自分を被害者であると考えている彼らの道はここで違ったのだ。
闇のように黒いスーツを着こなす一人の男によって。


セバスチャンは“ブイヤベースとは、また手のかかるものをご所望ですねえ“と困ったように微笑んで名前の頭を一撫ですると、魚介類を取り出すため、喜々として冷蔵庫の冷凍室を開けた。
“ああ、はやく準備しなくてはディナーの時間を過ぎてしまう。“
“ゆっくりはできませんね“
“メッセージを返している暇もなさそうだ“


ぶつり、乱暴に電源の落とされたスマートフォンはディスプレイを寒々とした闇の色へと塗り替え、ぱたりと通知音を途切れさせた。
お前はもう用済みだ、と言わんばかりの静寂。
その電子の波の向こうで、ファントムハイヴ家の家政夫に怯える青年がいるなど、名前は知る由もない。
今はもう、赤々と擦れてしまった目元に“ヒリヒリします“と困ったように微笑む余裕のある彼女に真相を知らせる理由もなかろう。
よしよし、とセバスチャンに頭を撫でられて甘えたように瞳を閉じている名前は、既に立直りを始めているのだから。
もっとも、凹ませた張本人と立直りのきっかけを与えた者が同一人物であるとは、皮肉なものであるが。


アーモンドの香ばしい甘い香りとカモミールの優しい爽快感に満ちるダイニングは、名前に優しいものだけでできている。
それが見せかけだけの、まがい物だとしても。



(ロッキー・ホラー・ショー/sebasutian)


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