02
今宵は朔の日。
太陽と月が密接になるこの日だけは妙に空気がざわついた。
神が鎮座する神聖な結界の中に居ても、不安で胸が押し潰されそうになるこの日だけは、眠る事も出来ずに私は夜通し祈祷し続ける。
まるで祈り捧げなければ見えない闇に心ごと押し潰されてしまいそうになって…何も考えないように、私は只管部屋に籠る。



『ごめんね弥都波。付き合わせて』
「いいえ。俺は貴方の物。どうかそう淋しい事を仰らないでください」



傍に寄り添い付き従う事を望む弥都波に私は苦笑した。
火の粉がパチパチと音を鳴らせば、宵闇は濃くなっていく。暗闇が背中に迫る。
何だか今宵は胸騒ぎがする。いつも以上に警報が頭の中で鳴り響いて止まない、感覚に陥った。
それは決して考え過ぎた妄想ではなく、現実となってしまう。



< みーつけた >

『……ッ!!』



殺気がした。それは剣先を喉元に向けられたかのようで。寒気が背筋を電流のように走り私は、閉じていた瞳を開き立ち上がった。
その異変に傍に控えていた弥都波も察知して刀を取り出す。
引き戸を開ける。真っ直ぐ闇へ視線を向けていると人型の面影を見つけた。一体こんな夜更けに誰…と不思議に思っていると風が舞い込んでくる。冷たい風が頬をすり抜けると同時に、血の香りまで届いてしまった。何故だろう。私は酷く焦り。下駄も履かずに外へ出て駆け寄ると、その人物は―――肩を何か刀で斬られたような筋が一本浮かんでいた。驚愕してしまう。震えながら、今にも倒れてしまいそうな身体を支えた。



『雪慈ッ!』
「明神っ」



虫の息のように、短い息使いをする。このままでは死んでしまう。命の灯が尽きる事を予測し、私は傷口に手を押し当てて、瞳を瞑った。自身の中にある水の力を雪慈の傷口から直接送り込む。清められた水は回復にも浄化にも役立つ。ただの刀に斬られたわけではないことくらい、放たれる妖気で理解していた。痛むのか、私の肩を掴み、握りしめて来るセツの生きたいと願うその生に私も全力で答えた。その間周囲を弥都波が警戒態勢をはった。
数分後、セツは口が聞ける程度には回復したみたいだけど、違和感は拭い去れない。



『セツ、何があったの?』



セツに触れた傷口から彼がどういう経緯で傷を負ったのか、読めた。読めたけど、断片的すぎる不確定なことに断定など決めたくはなかった。だけど、セツは重々しい口ぶりで私の頬を撫でた。



「悪いっ……助けられなかった」
『ッ!……それでもセツが生きててよかった』



それが唯一の救いだった。



「逃げるぞ、汐慧…。あの野郎、ただの人間じゃねぇ…」
『ただの人間じゃないって…』
「一体どういう事です」
「オレにも詳しいことはわかんねぇけど…狙いはオレたちの神力だ。オレのは、根こそぎ奪われちまった…ってか、喰われた」
『喰べられたって……』



人の姿をしたナニかが、神の力を欲するがために襲撃して来たということ?妖怪がそんな神を襲うなんて芸当考えつくのだろうか…いや、それよりも……。
考えていると肩を掴まれてセツが私を立たせる。



「次の狙いはお前だ、汐慧。一刻も早くここから逃げるぞ」
「そうはさせないよ」
「汐慧様!」



セツの背後から白刃の刃が闇から浮き出るように綺麗な弧を描く。黒いマントに覆われた男の姿と声に反応したセツは私を抱きかかえて跳躍するように避けた。それと入れ替わるように弥都波が刀を鞘から抜き。その一撃を受け止める。



「あれー?俺さっき確かに手ごたえあったのに…何でそんなに動けるわけ?」
「お前に関係ねぇだろ。お前の狙いはこいつみたいだが……運が悪かったなお前。オレを怒らせるとどうなるか、思い知らせてやるよ」
「怪我人の出る幕ではないですよ」



弥都波が男を押し返し距離を互いに取る。



「主様に手を出すというのは本当ですか?」
「そうだけど?俺の願いのために頂戴よ。持て余してるんだろう…その力?」



男はセツの後ろに隠された私を見据える。その視線には確かに確固たる信念を感じた。何かを信じ、その目的のために彼は手段を選ばず私の目の前にやってきたのだと。
でも、私は彼の気迫に立ち向かう選択をした。セツの前に出て彼を正面から見つめた。それが何よりも私の意志表示。



「主様。俺に構わずお逃げください。この不逞は俺に任せてそこの邪魔な怪我人と共に…ご安心ください。俺を誰だと思っているんですか?貴方様の神使ですよ?」
「殺気立ってんな…」






ぼやくセツと共に私は弥都波を見つめる。彼は私に微笑みかけた。とても綺麗なその姿に私は息を呑みこみ。



『待ってるから…!!』
「…!はい」



笑顔で頷いた弥都波に見送られながら私とセツは境内の裏手に存在する森の中を目指して走り出した。
そんな私達を追いかけようとした男を弥都波の雷撃が襲う。



「おっと。待てよ。俺が相手してやるって言ってんだ光栄に思えよ。なり損ないの人間」
「さっきと口調違くない?」
「俺の大事な汐慧様を殺すと言った奴は、俺が殺す。だから…大人しく朽ち果てろ!」



雷を纏った弥都波が男とぶつかりあう。

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