「はあ〜〜」
『信乃』
「だってよ…ああ言わないとあいつ聞かねえだろ」
荘介さんは男の子を追って、浜路と雪慈は席を外し、むくれた信乃は私のベットに上半身を倒して今更ながらに後悔をしているようだった。
そんな信乃の頭を撫でると彼は私へ視線を投げた。
「なあ、オレは間違っているのか?」
『…間違っていないと思う。でも、一方的に告げられた方は相手の気持ちをくみ取るよりも先に悲観的な感情が支配されてしまうものだと、思う。切り捨てるような言い方は時に人を傷つける、かな?』
撫でながらそう言うと信乃は再び布団に顔を埋めて「 うぅ 」と唸った。それが可笑しくてクスリと笑う。誰かを思っての行動、言葉だったとしても相手にそれが伝わらなければ意味がない。でも――伝わらなくてもそうしなければならない時はある。
「信乃」
そう呼ばれ信乃は顔を上げると神妙な面持ちで浜路とセツが並んでおり、並々ならぬ不穏な空気を感じた。手元に揺らされる十字架。それが全てを物語っていた。
「今、外でこれを見つけたんですが――」
その言葉によって信乃が血相を変えて飛び出していく。その様子に私もセツへと視線を仰いだ。でも彼は全く動く気配がない。なので口を動かした。
『頬』
「…」
『荘介さんの頬』
笑みを浮かべて左頬をつつくとセツは盛大に溜息を溢した。観念したようだ。
「――ったく!子供のお守は嫌いなんだよ」
そう言って、セツは信乃の後を追うように室内を出て行く。不安そうに成り行きを見守る浜路に私は笑みを携えた。
『大丈夫だよ』
その言葉に浜路も小さないがらも頷いた。
「 ……要。申し訳ない 」
「 あの子供がアレを持っているとは――― 」
「―――うん。でも、まあ。【村雨】の所在が判っただけでもラッキーかな。莉芳がトボけるくらいだから、何かあるとは思ったけど」
そう言って、青白い焔を揺らめかせた室内で要と呼ばれた青年は足を組み替える。
「そうだなあ。無理強いはよくない。是非むこうから来たくなるような招待をしないとね」
森の中で青白い焔を囲む五匹の狐たちが、主の言葉に耳を傾ける。
「大塚村の生き残りはもう一人いたっけ?カワイイコだといいなあ」
「 それと、要 」
「なあに?」
「 言っていた少女を見つけた 」
「 あの方は確かに本物だった 」
「そうなんだ。やっぱり……莉芳も隅に置けないなぁ。どんな子なんだろう?その子も俺好みだと嬉しいんだけど」
三日月形に歪められた微笑みに、背筋が凍るような戦慄を受けた。
やはりこちらも動きを見せたか……。
「健太君は?」
私のために淹れてくれた紅茶のポットの前で不安そうにする浜路の後ろから戻って来た荘介さんに振り返り、問う。
「追いかけたんですが、家にも帰ってなくて」
「さっき信乃がこれを見て慌てて出て行ったの。荘介があげたものよね?」
そう言って浜路がポケットにしまっていた紐の切れた十字架を手に取る。それを見て、荘介さんの顔色も変わった。
「すみません。少し出てきます」
「荘介!?」
『荘介さん』
出て行こうとした彼の背を呼び止めた。素直に立ち止まってくれるとは思っておらず少し驚いたけれど彼は振り返る。
『信乃なら大丈夫。セツが傍についてるから』
「雪慈さんが…?」
『セツは強いから大丈夫。それよりも、健太君が危ないかもしれない』
「どうしてわかるんですか?」
『臭いがね?三人分だからかな…濃くて森が騒がしいの』
そう言って私は寝台の傍にある窓を覗きこんだ。木々が揺れるそれは珍しくない事だったけれど、不穏な気配は誤魔化す事は出来ない。視線を横へずれせば彼は酷く焦っていた。これ以上引きとめて事情を説明しても無意味だと判断すれば、私は荘介さんに傍へ寄ってもらうように手招きをする。
『信乃の居場所を知ってるから、屈んで?』
「え、どう――」
『屈んで』
それ以上何も言わない私に対して荘介さんは、渋々屈んだ。彼の頬に両手を添えて私は彼の額に口づけた。小さなリップノイズが響けば、荘介さんは驚いたように突然立ち上がる。それを不思議そうな顔で見つめていると、荘介さんは小さく息を吐き出した。
「突然何をするんですか、あなたは……」
『おまじないだよ』
「おまじない?」
『そう。ちゃんと家に帰って来れますようにって……セツをお願い』
そう微笑めば荘介さんは腕を持ち上げて、私へ触れようと伸ばすもすぐさま止めてしまい身を翻して去って行った。
その背中を不安そうに見つめる浜路に私は手を伸ばして、繋いだ。
『大丈夫だよ、浜路。大丈夫、あなたを置いてどこへも行ったりしないから』
「汐慧…!」
抱きしめられる。赤い綺麗な浜路の髪が宙を舞う。震える彼女の背中を抱きしめてぽんぽんとリズムよく叩いた。大丈夫だよ、そう告げるために。ずっと、ずっと…彼女が落ち着くまでずっと…。
浜路が眠りについてから訪問者へ声をかけた。
『来る頃だと思ってた』
その言葉は舞踏会への招待状だった。
壹章 神々は人生悪戯を開始する 完