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「ここが帝都ですか」
「うへぇ…スゴい人混み」
「蒸気機関車って所が時代錯誤だな」
「なんて?」
「何でもねぇよ」



信乃の頭をぐりぐり撫でながら、雪慈は振り返り再び乗って来た列車を眺めた。突然、浜路と共に教会に誘拐された汐慧。攫われるなんて有り得ないのに争った形跡はなかった。まるで連れ去ってと言わんばかりに…時々何を考えているのかわからない汐慧。ただ、荘介に施された印を見る限りでは奴の所為も一理ある、と雪慈は恨みの籠った視線を荘介に投げる。気にするも何も、視線を逸らしてしまう荘介に、こいつわかってやがんな、と理解する。



「犬塚信乃。犬川荘介」



突然名前を呼ばれて二人は声の主の方へ振り返る。雪慈は空気のように傍観者側に回った。



「教会本部の命により、君達二人を迎えに来た」
「長老達も首を長くしてお待ちだ」
「申し訳ありませんが、荷物もありますし。先に宿に寄らせてもらえますか?」
「その必要はない。こちらで用意済みだ」



有無も言わせぬ迅速さで返された言葉に、雪慈は阿呆らしい茶番劇を見せられているみたいで欠伸を仰いだ。今すぐにでも汐慧を探しに行きたい衝動を何とか抑えながらこのくだらない劇をまだまだ刮目せねばならない。しかし、信乃へと話題が振れた時。確かに教会の者は、雪慈も見据えた。その視線に、彼も警戒した。



「それにしても、こんな子供で間違いないのか?」
「てめぇ」



信乃が反発しようと身を乗り出すところで、一台の車が停車した。路肩に止めると中から出て来たのは金髪の麗しい美貌を持つ青年だった。



「犬塚信乃」



はっとする信乃に対して荘介は軽薄だった。というより見覚えのない人物だったのだろうか。雪慈は横目でその金髪を見据えた。どこかで覚えがある風貌に、記憶の帯が少しだけ緩まる。



「遅かったな、待ちかねたぞ」
「里見さん…!?」
「何故、こちらに…」



驚きを隠せない予期せぬ里見という男の登場に、教会本部だと豪語していた男達はたじろぎ始める。そんな様を眺めながら、雪慈は里見を見つめる。失礼も承知でその姿を目に焼き付けた。癪に障る顔をしている……。



「この三人を迎えに来ただけだ。大塚村の生き残りの者なら私の仕事だろう?」
「いや…しかし…っ長老が!」
「後見人として私が面倒をみる」



そう言ってこちらに近寄ってくる里見。三人という言葉に挑発されて、雪慈も傍観者として居られなくなったために、鞄を抱え直し待ちかまえる。



「誰だ…」
「里見莉芳」
「里見?」
「信乃、彼を知っているのですか?」
「四獣神家の里見莉芳だよ」



信乃の前で立ち止まる里見莉芳。その視線は信乃の次に雪慈を捉えた。雪慈は【里見】という苗字に引っかかった。まさか、俺たちの世界にあるあの南総里見八犬伝に出て来る里見じゃないだろうな。と疑いの眼で見つめる。そう言えば、と信乃と荘介にも視線が移る。ここにいる奴らは少なくとも里見八犬伝に出て来る奴らと同じ名前だ。昔、汐慧に勧められた本の一つである南総里見八犬伝。一応一通り目は通してあるから内容は覚えているが……、まさかな。
物想いに耽っていると車が停車する。見琅館という宿屋の前で。車から降りるとその里見莉芳は窓口から淡々と述べる。それに対して着いて行かない脳味噌が三人同時に吐き出した。



「「「 はあ? 」」」

「聞こえなかったか?私は忙しい。話は明日だ。ああ、お前達の幼馴染は心配しなくていい、明日合わせる。ではな」



そう言って去ろうとする車を無理矢理再び停車させたのは、言うまでもなく雪慈だった。少々強引に止めた所為で、車が少しばかりへこんだ。



「ちょっと待て。里見」
「何だ」
「汐慧の具合はどうなんだ?」



全てを悟った様な言い方に、莉芳の視線を鋭くなる。雪慈は返答するまで帰す気はないらしく、その態度に莉芳は口元を許す。



「明日、来ればわかる」
「何だよ、お前も知らねぇのかよ。つっかえねぇー」



興味が失せてすぐさま窓枠から手を離すと今度こそ車は遠巻きとなる。それに対して信乃は「 はあ!? 」ともう一度叫んでいたが、雪慈は拳を握る。一刻も早く安否を確認したい気持ちが先行していた。



「すっごいマイペース」
「取りあえず宿の様ですし手続きをしてきます」
「そうだな。長旅で俺も疲れた」



歩きだす荘介に従って雪慈も腕を伸ばしながら肩の骨を鳴らす。



「ところで、あの里見さんという方は…」



荘介がふと気になった里見のことを信乃に尋ねようとすると、信乃は突然上着を脱ぎだし、それを荘介に投げて寄越した。



「俺その辺散歩してくる!」



そう言って駆けだす信乃の襟首を、長身を誇る雪慈は捕まえて引き戻す。



「うわぁ!ちょっ!何すんだよ、雪慈!」
「お前は本当にガキだな。外見だけで子供子供言われたくなかったら自分の言動を慎め」
「はあ?意味わかんねぇって!下ろせって!」



ジタバタ暴れる信乃をゆっくり下ろし文句を言う信乃の前に、一羽の小さな織り鶴を落とした。それを掌で受け止めた信乃は首を傾げる。何故なら屈強そうな身体つきの男から千代紙の色鮮やかな和紙で織られた鶴が芸術作品のように美を感じさせる物だったからだ。



「おぉー!スッゲー綺麗だな!ってか、何で織り鶴?」
「それは織神って言ってな。自分の道しるべを担ってくれる一種の式神みたいなもんだ。自分が行きたい場所、帰りたい場所、人物を探したり、案内したり、伝達したり出来る代物だ」
「へぇー、何でお前がそんな事知ってんだ?そんな繊細なイメージじゃねぇんだけど」
「言ってくれるじゃねぇか、おい」



ミシミシと鳴る程、信乃の頭を鷲掴みにして握る。信乃の「 痛い 」と叫ぶ声がここら一体に響き渡る。それを止めない荘介は雪慈の言葉に一理あると黙認しているからだ。



「汐慧が教えてくれたモノだ」
「汐慧が?」
「ああ。だから、あまり心配かけるような場所まで行くなよ」



ポンポンとあやす様に信乃の頭を撫でてから雪慈は先に宿へと向かう。そんな雪慈の背中を見つめながら信乃は再び掌で可愛らしく鎮座する織り鶴を眺めながらツンとつつく。



「じゃあ、行ってくるわ!」
「あまり遠くへ行っては駄目ですよ」
「わかってるって!」



そう言って駆けだす信乃を見送る荘介。最近信乃を叱る人はもう一人出来た。自分よりも大人で諭す事がとても上手く子供の扱いに長けている雪慈の背中を見つめる荘介。信乃のポケットから飛びだした眼玉のモサモサを掴みながら、荘介は視線を空へ仰いだ。
明日、先延ばしにされる再会の兆し。あの別れから、何度も夢に出て来る彼女の儚げな微笑み。存在自体がとても儚げな少女だった。今にでも水に溶けて消えてしまいそうなほど不安定な存在で、触れたら泡のように無くなってしまうのではないか。と変な心配ばかりして、触れられなかった。一度も。そっと額に伸ばした指先。荘介は瞳を瞑る。あの時の感触を思い出す。額に触れた彼女の唇は柔らかくもあったが、とても冷たかった。あのせせらぎの水面を緩く波紋する様な水の感触が忘れられない。



「汐慧……」



――あなたは、何故…俺に加護を分け与えたのですか?

あの日。蜘蛛を退治して帰ってくれば、浜路と共に汐慧が行方不明になった。教会側が彼女達を連れ去ったのだろう。だが、何故彼女まで連れ去ったのだろうか。皆が口々に思考を模索していると雪慈が荘介の胸倉を掴んだ。



「 あいつは弱くない。ただで連れ去られるなんて有り得ない!だけど、それが可能だった状況だとすればそれは……お前に責任があるぞ荘介! 」
「 お、落ちつけよ、雪慈! 」
「 何故、そう断言出来るのですかっ 」
「 お前の額にある印がそうだ 」
「 印? 」
「 ああ。それはあいつの加護の証。水の結界が張られている証拠だ。お前を守るために無茶な力を遣った。まだ本調子じゃないんだ、あいつには神力が足りてない……!最悪目覚めない 」



その言葉に荘介も信乃も驚愕する。どうして?その疑問ばかりが荘介を苛めた。そして雪慈は荘介を乱暴に解放すると壁に穴を開ける程の力で一殴りした後。



「 すぐに帝都に行くぞ 」



そう言って室内を出て行った。
瞳を瞑れば情景が浮かぶ。いつも信乃ばかりが浮かんでいたはずのその稲穂には、真白なワンピースに身を包み、淡雪の様な髪を押さえながらこちらへ振り向けば、目尻を垂れさせ柔和に微笑む汐慧の姿が想い浮かんだ。

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