浜路に用意されたヒラヒラとしたスカートを何とか回避したくてなるべく浜路に文句言われないフリルのある桃色のシャツに腕を通し、リボンタイで止める。六つボタンを配列させた紺のディテールのジャンバースカートを履き、黒のタイツと赤色のショートブーツを履く。姿見の前に立ち、動きやすさと浜路の好みそうな可愛らしいイメージを崩さない服装を色々な角度で確かめながら『 よし 』と言って浜路とお揃いの白い花の髪留めを着飾っていると、扉がノックされる。『 どうぞ 』と促すと入って来た人物に少々驚いた。
『莉芳くん』
窓辺に設置された大理石で出来たテーブルと真白な椅子に招待して、そのテーブルの上にティーソーサーを差しだした。香りが芳しいダージリンの紅茶に指を掛けて一口飲む。そんな彼の様子を眺めながら向かい側の椅子に腰をかけて向かい合い、彼は私に視線を合わせてこう言った。
「憶えているか?」
開口一番にその言葉を聞くとは思わなくて私は本当に驚いた。もっと色々と言われるだろうと覚悟していたのに、まさかそんな言葉が……、思わず笑ってしまう。
『ふふっ』
「笑う様な質問はしていない」
『だって…!もっと言われるかと思ったのに…ふふっ、憶えてるよ。忘れないよ莉芳くんの事。だって初めて友達になれたんだもん』
「……そうか」
安心したのか、彼は用意されたカップに指をかけた。
『莉芳くんこそ、よく憶えてたね、私のこと』
「それこそ忘れらないだろ。時空を越えてやってきたのだからお前は」
『確かに。それで?莉芳くんがわざわざ私を訪ねてきたってことは何か話があるって事だよね?』
「……お前は帝都(ココ)へ何の目的で来たんだ?」
『やっぱりバレてた』
「お前なら五狐くらい跳ねのけられる。のにお前はそれをしなかった。答えは二つある。一つは神力の回復。そしてもう一つは…帝都に訪れる事」
カップをティーソーサーにゆっくりと置けば食器の重なる音が小さく響いた。
『うん、惜しい。正解率は50%かな?一つめは正解。でも二つめはちょっと足りない。確かに帝都には来たかった。ここに来れば私の知りたい事が解ると思ったから…でも足りないのは、莉芳くんにもう一度会いたかった事』
「……」
微笑むと莉芳くんは何故か余所を向いてしまった。
『本当だよ。だってあの後鏡は壊されて……?こわ、されてしまって……(誰に?)』
記憶に亀裂が入り米神あたりを軽い電流が走る。痛みに眉を寄せるがそれは一瞬のことで違和感にするには足りなかった。
「大丈夫か?」
心配そうに莉芳くんは私の肩に触れる。その温かさに現実へと引き戻され私は顔を上げて微笑む。
『大丈夫。えっと何の話してたんだっけ?』
「……残りの50%の話だ」
『そっか、残りの50%は莉芳くんが忠告しにきた通り、セツの事だよ』
「キコえたか?」
『ううん。何となく、考えつきそうな事だなって思っただけ…』
昨夜要くんが親切に教えてくれた【教会】について思い出す。教会というのは要くんや莉芳くんが身を置いている私の知っている教会と同じような仕事内容らしいのだけれど…教会と言えば天界に住む目に触れない神様を信仰する団体のことを差す。けれど、要くんたちが身を寄せる【教会】は、妖神さえも受け入れて信仰している。あまつさえ引き込んでいる。ただ一人の神をだけでなく、存在している神がいるのならそれを認めて同じように信仰すればいいと、力があるものを、利用できるものは何でも利用しようという概念と理念が存在している貪欲で強欲な人間で構成されていると、要くんは言っていた。私に忠告してくれた要くんはもちろん妖神憑きの普通の人間だけど、四獣神家として名高いが飼われているも同然だと吐き捨てるように教えてくれた。
だから、気をつけた方が良いと―――。
それらを含めると私よりも先に教会本部の人間に姿を見られた雪慈が標的になりやすい。教会などにセツを渡しては駄目。スカートを握る手に力が籠る。
「一応、私の監視下にいるということで深く追求しては来ないが…上を黙らせるには弱い。……言っている意味を理解出来るか?」
無言で首を縦に振る。俯いた私は弱気なほどに震えていた。
雪慈を失いたくない。教会なんかに渡したら雪慈はきっと……そんなこと絶対にさせない。
でも、今の私では地位が低すぎる。私こそ曖昧な存在に過ぎない。いずれ私も教会に見つかるだろう、その前にやらなければならない事がある。急がなければ、急がなければ……。
焦躁が更なる追い打ちとなる。焦点が定まらなくなり震えもまた止まらなくなる。まるで途方にくれた迷子の子供の様に私は立ち止っていた。
すると、椅子が引かれてそっと肩に腕が回り触れられた少し大きくて繊細そうなのに骨ばっている手が置かれ、引き寄せられる。そして頭皮に吐息を感じるとそのまま髪に口づけを贈られる。突然の事で反応しきれずに呆然としていると髪に指を差しいれられ、緩やかに梳かれる。
『り、莉芳くん?』
何度も指が髪を梳くたびに震えは収まっていく。慰めてくれているのかな?温かな気持ちが溢れてきて私は彼にそっと身を委ねた。
「あいつのことは私に任せろ」
そう言って莉芳くんはそっと離れて、そのまま出て行ってしまった。
私は弱い。雪慈のことになると途端に弱くなる。もう二度と大切な人を失いたくない。もう二度、この手から零れてしまわないように……。そのために強くならなきゃ、こんな所で泣いちゃ駄目。頬を伝う涙を拭った。
貳章 四獣神家の移住先は悪行跋扈 完