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「それより小文吾さんとはどこで知り合ったのですか?」



荘介さんの問いかけに二人で顔を見せ合う。私は口元にバツを作って首を振ると小文吾くんは了承した。



「散歩で迷子になってる汐慧ちゃんとたまたま遭遇してな」
「そうですか…へえ……」



何故か荘介さんの対応はとても冷たかった。凍りそうなほど冷たかった。納得したのかな?首を傾げながら視線を横へ外していると小文吾くんの実家に着いたのか彼が戸を叩く。



「かあちゃん、居る?かあちゃんぐぅ!!?」



そう言って呼びかけて扉を横へスライドさせた瞬間。本のような物が小文吾くんの額に当たり彼はそのまま後ろへ尻餅をついてしまう。「 いってぇ… 」とぼやく小文吾くんに中から現れたのはとても綺麗で迫力のある女性だった。



「お黙り小文吾。ここでは女将と呼べって何度言ったらわかるんだい」



着物姿がとてもよく似合っている貫禄のある女将さんに私と信乃は顔を見合わせる。



「お客さんの前で騒々しいだろう?あ。あら…そちらもお客さんかい?」



そう言って女将さんは私達の姿が目に止まり、声色が穏やかに変わり、商売をする接客へと変わっていった。



「あ、いえ。俺らは…」



近づいてくる女将さんに勘違いさせないように荘介さんがやんわり否定するも女将さんは遮る。



「随分な二枚目に綺麗なお嬢さんと可愛いお客様なこと」



そう言って荘介さん、私、信乃の順に吟味されるように見つめられ少しだけたじろいでしまう。そんな私達と女将さんのやりとりに小文吾くんが後頭部を掻きながら言葉を濁す。



「ああ、んと…こいつらダチ」
「ふーん。この別嬪さんはあんたの彼女かい?」



女将さんは突然小指を立てて小文吾くんをからかうように見つめる。そんな女将さんの言葉に翻弄された小文吾くんは私と女将さんを交互に見て慌てている。



「あ、いや、ちがっくもないっていうか、えっと、彼女は「違います」
「だと思ったよ。やっぱり二枚のお兄さんの彼女よね、お似合いだわ」



女将さんが口元を覆うようにして上品に微笑むと荘介さんはそれを爽やかな笑みで返す。



「ありがとうございます」



否定しない荘介さんの態度に私だけが慌てていた。そんな姿を見て女将さんはますます面白そうに笑っていた。
簡単な自己紹介を済ませて別室に案内され、救急箱を借りて信乃の額の瘤を簡単に応急処置を施してからテーブルに並んだ料理を食べ始める信乃。



「うめぇー!!」



そう言っておいしそうに勢いよく食べるから口の周りには子供の様にソースやタレが付着してしまっている。そんな可愛い信乃を見てくすくすと喉で笑いながら信乃の顔をこちらに向かせる。



『信乃。そんなに慌てて食べなくても料理は消えたりしないよ』
「んっ」



ハンカチで信乃の口周りを優しく拭っているとそんな光景をぼんやりとした夢心地で眺めていた小文吾くん。



「いいな……」



呟いた一言に荘介さんが小文吾くんに威圧的な視線を送り、小文吾くんは背筋を凍らせた。
信乃の口元を綺麗に拭い終えてから可笑しな空気になっている事に気がつき不思議でいると、信乃が「 気にしなくていい 」と言って私に自分が食べておいしかったものを勧めてくれた。


「あぁー上手かった!ごちそうさまぁ、小文吾!」



お腹を撫でながら満腹感で満たされた上機嫌の信乃は終始笑顔のまま旧市街を歩く。



「ほんとっ、お前よく食うな。これだけの欠食児童抱えて大変だな」
「いえ」
『信乃が食べすぎちゃったみたいで…お店に影響がないといいけれど…』
「ああ、大丈夫」
『よかったね信乃。おいしかった?』
「ん」



嬉しそうな信乃の頭を撫でながら小文吾くんに微笑みかけると視線を逸らし夕日に染まった頬を掻いていた。



「それにしても、何で毎日揉めてんだ?」



信乃のその問いかけに小文吾君は表情を固くする。閉じていた口が重々しく語る。



「笙月院の奴らの所為だ」
「笙月院?昨日の坊さんたちのことか」
「ああ。……俺の兄貴分があそこに掴まってて……、あっ。ああ悪い!」



そう言って突然小文吾くんは立ち止まり言いかけた言葉を呑みこんでしまった。慌てて取り繕った彼の態度と言葉に私達は取り残される。



「観光客に聴かせる話じゃねぇわ。この先道解るか?」
「あ、ああ」
「じゃあな」



信乃の言葉を待って小文吾くんは早々に別れの言葉を口にして去って行ってしまう。そんな彼の背中を眺めながら荘介さんと信乃が話す。



「何か事情がありそうですね」
「ああ」



そんな彼らの言葉を聞きながら私はずっと小文吾くんの背中を見つめていた。あの時あの神社の結界の中へ入れたって事は彼は少なからずあの神社について何か知っている重要人物だと思う。でもそれ以上にあの背中が気になってしまった。
信乃と荘介が屋敷までの順路を確認している間。私の真横を、着物を着た綺麗な女性がすっと通り過ぎる。それはまるで風が凪ぐような優しい花のように思えて思わず目を見開いてしまう。彼女の姿を捉えると私に気がついて彼女が微笑みを口元に携えてゆったりとした動作で指を差す。その指し示す方角に私は、衝動的に駆けだしていた。



「汐慧!」



信乃の声に私は心の中で謝った。でもどうしても身体が勝手に動いちゃうんだ、嫌な性分だね。
人の想いはいつだって曖昧で不安定で不確かなものだ。だから強い願いを願えば願う程、神様には伝わってしまうんだ。その想いの丈はいかほどなのか……。
小文吾くんの背中が見えて必死に手を伸ばして彼の服の裾を掴まえた。



「ッ、と!…って、汐慧ちゃん?!」



反動に驚いて振り返った彼は心底驚いたように私を見つめて立ち止まってくれた。息を整えながら大きく息を吸い込んで胚を落ち着かせてから真っ直ぐに小文吾くんを見つめて。



『協力させて』



それだけを言うと小文吾くんは驚愕したように瞳をまん丸くさせて固まっていた。



「いや、協力ったって…これは俺ら家族の問題な訳だし…」
『お願い。協力させて』
「汐慧ちゃん……」



小文吾くんの手を取り笑みを浮かべてその想いを伝えると彼は、首を縦に振ってくれた。そうして二人で微笑み合うと突然辺りが騒がしくなったことに気がつき、視線を周囲へ向けようとしたら突然の寒気に身が襲われる。
妖気の気配に視線がある一点で止まる。視線を上げていくとそこにいた人物は小文吾くんが途中まで教えてくれた笙月院のお坊さん。だけど、御仏に心身共に捧げるのが仏教徒の教えであるはずなのに、彼の身体の中には異質だと思う程の微弱な邪気を感じた。脳裏に走った昨日の蟲を思い出し、まさかと視線をそのお坊さんへと釘つける。寄生虫を宿す坊主など居るものか、何故ならそれは反する反逆の行為。坊主なら坊主としての責務を全うするのが道理だ。でも、それはあくまで私の考えであって皆がそうとは限らない。するとそのお坊さんが私を視線で捕えると口元を三日月に歪ませた。すると白い猫が突然現れて青蘭の頬を引っ掻いた。



「ッ!」
『猫ちゃん』



私がそう呼ぶとこちらへ一目散に駆けより屈むと腕の中へ収まる。青蘭がこちらへ近よろうとすれば小文吾くんが私を彼から遮るかのように立ち塞がる。



「何の用だよ、青蘭」
「ふっ、お前に用などない……娘を捕えよ」
「承知しました」



そう言って数人の引きつれていた坊主が動き出し近づいてくる。



「やめろ!彼女は関係ない!ただの普通の女の子だ」
「否ことを抜かすな…彼女の正体が本気で解らぬとは言わせぬぞ」



青蘭の瞳が先程から私のみを捉えて来る。小文吾くんの隙をついて私の腕を掴んでくる一人の坊主に小文吾くんが殴りかかろうとするのを私は慌てて止めた。



『殴っては駄目』
「ッ!汐慧ちゃん!!」
『私なら大丈夫だから。必ず連れ戻してみせるから……この子をお願い』



猫にハンカチで包んだものを首に巻き付けてから大人しく坊主たちに投降するように両腕を差しだすとその腕を掴まれる。そして今にも暴れ出しそうな小文吾くんに猫と織神を託して私は青蘭という男に連れて行かれた。
道の真ん中で起こったこの出来事に周囲の陰口が後を絶たない。そんな野次馬の中で小文吾くんの手の中には可愛らしい白猫と千代紙で折られた織鶴だけが取り残された。

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