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『ではここから脱出しましょう。ですが、その前に飲んでください』



そう言って私は掌を尖った石で横へ切り裂けば、そこから血が溢れ出た。その溢れた血を現八さんの前に差し出すと彼は少し困った顔をする。



「あ、いや…流石に女の血を飲むのは気が引ける」
『ですが、現八さんはご自身が思っている以上に衰弱していますので。これが一番手っ取り早い回復方法なのです。だから…どうぞ』
「どうぞって言われてはいそうですかって…ったく。わかったからそんな目で見るな」



小首を傾げてまだうるんだ瞳のまま彼を見つめていたら、現八さんは観念したのか。余所を向きながらも了承してくれた。少し堅い彼の指先の皮膚が私の手を持つ。零れそうな血を舌で舐めとれば、本能が出たのか彼は手首を掴み溜まった血を飲み干す。それだけ衰弱しているということだ。
薄く切った傷口を舌で舐められるとピリっとした痛みが走り眉を寄せた。



「(血が甘い…それに柔らかそうな肉だな。歯をたてて味わってみたいものだ)痛むか?」
『あ、いえ』
「(…痛みを我慢しているだけだというのに扇情的な顔をするな。色々と何かヤバくなってくる)もういい」



ゆっくりと手を離され掌を見れば綺麗に血液が舐めとられていた。やっぱりかなりの疲弊だったんだな。それに飢餓も酷かった。傷口はすぐに塞がり顔を上げて彼の顔色や状態を確認して、大分良くなっていることが解れば安堵した。



『では行きましょう。こちらです』
「ああ」



人目と気配に身を潜めながら暗い離れから外へと出る。壁づたいに裏門から脱出しようと目指して走っていたら突然、灯りが地面を灯した。まさか……!



「神子殿。鬼を連れてどちらへ?」
「よもや青蘭殿の贖罪になることをお辞めになるとは言いますまいな?」
『最初から私を食べる気みたいですが、生憎。私は食べられる趣味はありません』



現八さんを背後に庇い屈むように手で合図をし、掌に水の珠を作り出しそれを周囲に放った。対象の坊主たちに当たればそれは弾けて周囲は一瞬のうちに霧に包まれる。



『この隙に』



現八さんに声を潜めてかければ彼は頷いた。



「どこだ!鬼はどこだ!」
「神子様!神子様はどこにいる!!」
「逃がさぬ」



その時、翅の音が聴こえた。蟲独特の翅の音に頭上へ視線をやればそこには青蘭の蟲が一匹こちらを見降ろしていた。
場所を知られたと悟り現八さんの腕を掴む。そして引っ張るように走り出そうとした瞬間、殺気を感じて。私は彼の腕を思い切り引っ張り現八さんを庇うように両手を広げて背を向けた途端。その背に冷たい刃が上段から斬りつけられた。



『ッ!!』
「汐慧っ!」
「神子殿。勝手な事をしないで頂きたい。誤ってあなたを斬りつけてしまったではありませんか」
「青蘭ッ!!」



倒れこむ私を現八さんが抱える。仰向けになり青蘭が挑発するように声をかけてきた。
現八さんの顔は酷く歪んでいた。怒りが露わに成っている。これ以上彼の感情を揺さぶれば容をなしてしまう。理性が定まっていない場合の変化は危険だ。背中が…熱い……。



『に、げて……ッ』



息を吸うだけで、喋るだけで痛みが身体全体を支配するかのように。私は耐えきれず吐血してしまう。
ああ、これ以上血を流すのは危ないかも、しれない……。でも絶対、彼だけは生きて返さなければ……。
私の手を握り彼は声をかけてくる。



「どうして、お前…俺を庇って」
『やく、そくしたから』



微笑んだ直後私は大量出血により意識が混沌する。瞼が重くなり自然と下がっていく中。彼は必死に私を呼ぶ。泣かないで眠るだけだよ…少しだけ。疲れたから、眠るだけだよ。だから…哀しい声を出さなくていいんだよ。



「目覚めよ……!」



その時、まるで雷でも落ちたかのように強烈な輝きで周囲は目も開けられなかった。薄目だけで何も見えなくなっている私にも確認が出来ない。けれど、きっと彼は…泣いているのかもしれない。
周囲がはじけ飛び坊主たちは地面にたたきつけられる。家屋が破壊されその瓦礫さえも彼らを襲うものとなる。悲鳴が多く聴こえた。
何か大きな影が私を覆う。そしてゆっくりと抱きあげられ私は強靭な腕に抱かれながら風を凪いだ。

優しく包まれるその腕に安心すると、私は遂に意識を手放した。
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