慈しむ鬼よ愚かさを嘆け
その慌ただしい扉の開閉に莉芳が溜息を最大についた。そのまま椅子に腰をかけると雪慈が室内を大股で移動しながら先程信乃が座っていた椅子に座る。
「あいつらもそれぞれ事情を抱えているんだな」
「…それは、お前たちもだろう」
「違いねぇ」
そう言って背筋を伸ばしながら背もたれに身体を預けて雪慈は、息を吐く。瞳を瞑ると雪慈は汐慧の幼い姿が脳裏をかすめる。柔らかく微笑む彼女にはどこにも子供らしさは感じられなかった。どこか大人びた彼女の微笑みが雪慈を一気に不安にさせた。
すると、廊下を慌ただしく駆ける音が聴こえて再びこの扉が盛大な音を醸し出す。入って来た人物は先程とは打って変わって、どこか焦躁を感じさせる荘介と信乃がいた。
「騒々しい、何だ」
莉芳が問い掛けると、信乃が早口で簡潔に伝えた。
「汐慧が笙月院の奴らに捕まった!」
「っんだと?!」
雪慈が立ち上がり詳しい事情説明を求めた。
「どういうことだ、信乃!小文吾とかいう男と一緒に居たんじゃないのか?!」
「それが、小文吾と居たのは確かだったんだけど。その後笙月院の坊主たちが現れて汐慧を連れ去ったらしい……」
「何でまたそんな坊主たちに…」
顎に指を置き、考える雪慈に今度は荘介がその口を開閉した。
「多分、小文吾さんの兄貴分といった方を助けるために投降したのだと思います。小文吾さんが彼女と約束を交わしたと言っていました」
その言葉を聴いて雪慈は溜息を溢して、額に手を置き頭を抱えた。
「はあぁ…事情はわかった。あいつ、無茶ばっかしやがって……」
怒鳴り散らすのかと思いきや、攫われたと聴かされた時よりもどこか落ち着いた雪慈の様子に荘介と信乃は互いに顔を見合わせて首を傾げた。
「あの時みたいに怒らないんだな」
「ああ?…ああ、そりゃな。今回はあいつの悪癖だ」
「え?」
「あいつが悪いからお前等が気に病むことはねぇよ。一度交わした約束をあいつは違えたりしない。だから……」
雪慈が次の言葉を述べようとした瞬間。突然大きな物音が机から響いた。三人共そちらへ視線を投げるとそこには、普段から無愛想で感情の気薄が乏しい莉芳からは考えられない程の姿がそこに存在していた。彼は机を殴ったのだ。その所為で少しだけ凹んでしまっている。そんな感情的な莉芳に対してかける言葉を迷う信乃に対して、雪慈は首を振り信乃たちを部屋から追い出した。
「もう寝ろ。教えてくれてありがとうな」
「で、でも!」
「いいから」
そう言って一方的に廊下に出すと部屋の扉を閉めて莉芳へ振り返る。
「反省タイムか、莉芳」
「……甘く見ていた、あの糞坊主」
「綺麗な顔してんだからあんま暴言吐くなよ」
軽く笑う雪慈に対して莉芳は一度息を吐きだしてから、問い掛けた。
「お前は落ち着いているな、不気味な程に」
「そうか?……そうかもな」
「絶対的な自信でもあるのか?」
極めて低い莉芳の声色に雪慈は、幼い汐慧を思い出す。今思えばあの時からあいつは自分を捨てていたのかもしれないな。悩ましげな瞳で雪慈は囁くように呟く。
「あいつは死なない。絶対に。俺がそう願ったから」
「……そうか」
静かにそれだけを言った莉芳の言葉に鼻で笑いながら震える拳を握りしめる。
(( 俺の全てをくれてやる。その代わり……汐慧を死なせないでくれ! ))
残酷にも似たその願いを聞き届けた神に、雪慈は心の底から感謝していた。譬え彼女がもう二度と死なない身体になってしまったとしても…それを彼女が望んでいないとしても…それでも、彼女が生きる事には変わらないのだから―――。
「 それならば俺は、亡者でも構わない 」
譬え、この身が禁忌を犯した罪人になったとしても。彼女の傍に居られるのならばそれで構わない。
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