Witch hardship



「俺、超初心者なんですけど」
「まあ、ええやん」
「はあ」
「君は確かに素人かもしれんが、自分を卑下したらアカン。僕な、アレ聞いて安心したんや。アレコレあっても、ちゃんと陰陽師になるつもりなんやって。君は君の素質を君なりに伸ばせばええんや」



廊下の角に身を潜めて。この会話を聞いていたとき思ったのは、あの言葉は全て春虎くんに向けていたんだって事だった。彼の信念。それを試したんだ。何があっても彼は何を目指すか、流されているのではないちゃんとした決意があってやってきた。その事をクラス中の人に分からせるために…。

それらのことを踏まえてのあの話、発言、そう考えると教師というのは誰でも成れるものではないのだと改めて認識させられる。
陣さんは自分が思っているよりも、教職者向きだ。

でも……完全に出るタイミング逃しかもしれない。このまま戻ってもきっと阿刀くんは居るだろうし…どうしよう。
悩んでいると、突然春虎くんは陣さんを呼び止めて、あるお願い事をした。その願いは私にとっては幸運だったのかもしれない。



「そりゃええけど…僕はアノ着付けはどうも苦手なんやけど…」
「着付け?」
『先生。それ私がやりますよ』
「詩呉君、ええタイミングやな」



きっとこの登場はバレている。そう悟るも、私は春虎くんの隣に並んだ。



「詩呉、いつの間にっ?!」
「時間もないことやし、着付けは詩呉君に任せよか」



そう言って陣さんは先に進む。私も彼の隣に並びそっと囁いた。



『 陣さん先生みたいでしたね 』
「 今まで何て思ってたんや君は。それにしても逃げて来たんか?王子様に 」
『 魔女だから去っただけです 』



不謹慎なその発言に多少の苛立ちは芽生えたが、それよりも先に哀しみの旋律が走った。
切ないような言い様のない感情に支配される。そんな私に陣さんは息を吐き出した後、私の頭をその手で撫でた。



「 難儀やな子やね、君は 」



それは同情なのか、それとも呆れなのか。少なくとも前者ではないことは確かだと思うけれど、その大きくて懐かしい掌の温度に瞳を閉じて涙を引っ込めた。
瞳の奥から攻めてくる感情を抑え込んで私は、深呼吸をした。

「悪いな、詩呉」
『気にしないで。防具は一人で着けるのは難しいから』



春虎くんに剣道で使用する防具を着付けていた。陣さんが特殊加工した防具と竹刀を用意され、春虎くんの要望は揃ったけれども、やり過ぎだと思っているようだ。
それでも口にしないように気をつけて彼は静かに防具を身に纏う。優しい性格の持ち主なのだろう。



『これで大丈夫だと思う』
「ありがとな……、さっきはコンがすまなかった」
『大丈夫。それより京子が失礼な事を言ってごめんなさい』
「いや、倉橋が言っていたことは全部正しかった」
『違う。京子の発言はあなたへの批難だった。褒められたものじゃない。見下したもの言いだった、あれは怒っていいと思う』



はっきりと口にした私に、驚いているようだ。春虎くんは放けている。



『君は君の信じる通りに進めばいい。小さな一歩でも大きな一歩でも、君が学びたいと思ったら成りたいと思った方へ進めばいいんだ。君のペースで』



そう言って笑えば、春虎くんは頬を少し赤く染めて他所を向いた。



「あ、ありがとな。詩呉」
『ううん。私は春虎くんの方が正しいと思ったから君に加勢しただけだよ。ここからは君次第。勝っても負けてもこの試合はきっと君の糧となる。頑張って』
「ああ」



そう言って手を振って彼を見送った。あの瞳はきっと強くなる。優しさと強さを持った瞳。だから、きっと誰もが君の加勢をしたくなるんだよ。
観客席へ出る通路に一人の男が立っていた。スーツを着たその男の視線は土御門夏目へと向けられている。そんな男へ足音一つ、気配一つさせずに背後から声をかけた。



『御苦労さまです』
「っ……あ、いいえ」
『大変ですね。命令ですか?』
「はい。事情が事情ですから、念入りにといったところです」
『そうですか。お仕事中失礼いたしました』



頭を軽く下げて笑みを携える。安堵した男は去って行く背中を見送るが、階段を降りる中私は呟く。



『下手』
「何がだ?」



突然声が聴こえて立ち止まると私の目の前には今、最も会いたくない人物が居た。



『あ、阿刀くん』
「やあ、さっきはどうも詩呉」
『……』



何も云えずに俯いた。何を話せばよいのやら…一応傷心なのだがそんなこと彼には関係ない。髪をかきながら彼は親指で後ろを差した。



「天馬はあっちにいる。お前の席も確保してるそうだ」
『そうなんだ』
「…行こうぜ」



伸ばしかけた腕。その指先は私の前髪に触れるか触れないかの所でひっ込められ、彼は背を向けて先に行ってしまう。ごめんね、冬児……弱虫で。何も知らないのにこういう態度がよくない事はわかってる。何に集中しなければならないのかも、私にはわかっているんだ。でもどうしても言う事を利いてくれない心がいるんだ。



「詩呉ちゃん遅かったね?大友先生に何を頼まれていたの?」
『えっと春虎くんの事で』
「そうなんだ。こっち」
『ありがとう天馬』



本当に席を取っといてくれたみたいで天馬は私をその席に誘導してくれる。その席は冬児の隣だった。彼はこちらを見ないそんなの当たり前だ。私自ら拒否をしたのだから。何を傷つく暇がある。感情を振り飛ばして座れば、目の前には京子と春虎くんが対峙していた。



「何その格好。戦うのは式神であなたには手出ししないわよ」
「ちなみにこの防具を着付けたのは、詩呉君やな」
「ッちょっと。詩呉に手伝わせたわけ?」
「うっ、俺一人じゃ流石に着けらんなかったからぁ?!」
「………」
「(何でそんなに睨むんだよ)」
「こんの無礼者ッ!!」
「コン。お前は白いのを頼む、黒いのは俺に任せろ」
「まかせろ……?っ、いい、いけません春虎様っ!!」
「ふざけないで!!これは式神勝負。式神で戦いなさいよ!!」
「だから俺だって式神じゃん」
「はあ?」



観客席たちの呆けた声が場内を万栄させる。彼の発想力に誰もついていけていないのだ。無理もない、型にハマってこその陰陽師ではないということをまだ知らない、一年生。陰陽術というのは奥が深いからこそ、誰もが教科書通りの呪いをオリジナルに変えるのだから。



「では、式神勝負。始め」



陣さんの声が響き渡る。



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