Surrounded by flowers 「はーい、京子君の勝ち」 竹刀の破裂、京子の上の空、各々の感情が渦巻いたこの式神勝負は、京子の勝利で幕を下ろした。その結果は当たり前すぎた結果だったけれども、春虎くんの実力も測れた。 眉を寄せた一瞬の陣さんの顔つき、彼の呪術の施された防具と竹刀が春虎くんの霊力を前に耐え切れなかった、その意味。破裂したその意味を彼は険しいあの日の顔つきで見つめたまま。けれども、その表情をすぐに隠して教職員としての表の顔へと戻った。 京子の視線は戦いが終わった後も土御門夏目へと向けられる。彼女の上の空だった原因は夏目さんしかいない、そしてこの式神勝負も夏目さんが一番の原因だということも。 横目で奥の夏目さんを盗み見れば、どこか不安げな瞳で自身の式神である春虎くんを見つめていた。式神だから、というには安易すぎる考えだ。きっと夏目さんにとって土御門春虎という人物は最も大切な人なのかもしれない。でなければここまで式の主が心配もしないだろう。 周囲に気を集中させれば、その者の気配は消えていた。やっぱり逃げたかな…?でもあの様子だとそろそろ行動に動きだしそうだけど。あの二人がこんな初歩的な物に気がつかない訳がないとなると…嫌な予感しかしない。 訝しげに眉を寄せて考え込みながら片目だけ開き下を見れば、彼はウィンクしていた。その事実に私は再び目を閉じて溜息を深くついた。すると突然耳元に熱い吐息と遅れてやってきた音に身体を震わせた。 「詩呉」 『!』 思いがけず、拳が彼の頬を直撃した。 「って……拳で殴る奴がいるか」 『ご、ごめんなさい!!大丈夫っ?』 つい力を入れすぎてしまったようだ。普段は加減をしているためもあり今回は予期せぬものだった事により本来に近い力で行使してしまった。慌てて彼を殴ってしまった頬に指先を触れさせる。 「そっちから近づいてくれるとは有難いな」 『え、あっ』 気がついたときは既に時、遅く。彼の頬に触れた指先を彼が掴み顔を近づけてさせる。思わず息を呑み、身体を硬直させた。 「さっきも話の途中で逃げやがって、そんなに暴露されたくないとかか?」 『そんなことっないよ…うん、ない』 「言い聞かせてないか?後半」 『いえいえ。阿刀くんとは初対面です』 「それだけど面識ならあるだろ。あの夏の日」 『え』 憶えているの?私の事……。 期待と歓喜が私の心を支配する直前で、闇はひっそりと光を塗り替える。いつだって、そうだ。 「祭りの日、狐の面を被って居ただろ?」 『……?』 「大蓮寺の事件があった夏祭りの」 『(ああ、それか……)見間違いじゃないかな、私はその日家族と一緒に東京に居たから』 「……俺の記憶違いか」 試した上にそんな一度すれ違ったことは覚えているのかというふつふつとした怒りを抑えながらも、私の落ち込みは消えなかった。馬鹿だな私。罪は消えないのよ。 忘れられたまま。また君と知り合える方が何倍もいい。逃げている、敵前逃亡していることだとしても。それでも……私は君に嫌われるよりましだから。そうやって私は逃げたんだよ。 吹っ切れたような気持ちで私は、やっと彼の前で初めましてを言えた気がした。 『阿刀くん。今まで余所余所しくてごめん、そんな態度を取っていたから思い出そうとしてくれたんだよね?ごめんね。私たちは初対面だから、これからもクラスメイトとしてよろしくお願いします』 「…ああ」 掴まれた指先が解放され、そのまま握手をすれば私は立ち上がり、京子の共へ向かおうとその場を離れた。 「和解、出来た?」 「ああ、まあ」 腑に落ちない結果だったのか、冬児は天馬の問いかけに半ば意識を向けずに答えた。天馬は天馬で二人の間に流れる微妙な空気に気がつき少々、杞憂していた。 白いフリルのある日傘を差しながら歩く横で京子の足取りは妙に遅かった。そんな素直になりきれない京子に溜息を零しながらも苦笑した。 『京子。毎朝迎えに来てくれてありがとう』 「え?突然どうしたの」 『言わずに後悔するより言って後悔する方が何倍もいいと思ったから』 「…詩呉」 『日頃からいつも思ってるよ。京子は不慣れな私にいつも優しくて、責任感もあって、クラスを支えようとしてくれてる。そんな京子を春虎くんや夏目くんに誤解されたくないな』 一歩先を歩きながら振り返る。日傘がくるくる、フリルも合わせて踊れば京子はその悩ましげな表情から柔らかな微笑みに変わった。 「ありがとう、詩呉」 そう言うと私に駆け寄り、抱きしめてくる。その熱い抱擁を受け止めながら笑った。 『素直な京子が私は好き』 「あたしも詩呉が好きよ」 『その粋で夏目くんにも言えればいいのに』 「そっ、それとこれとは……。それより天馬から聞いたわよ?阿刀君とのこと」 『阿刀くんとのことって?』 「とぼけないでよ。彼、結構美形じゃない?それなりの成績だしあたしとしては割といいと思うけど」 『何言ってるの、京子。私は特別な感情は持ち合わせてないよ。他人の事より自分の事の清算を済ませてから口を挟むこと』 「そうよね、ごめんなさい。あなたには思い出の男の子が居たものね」 『……そうだよ』 日傘を閉じれば目の前には陰陽塾の扉の前。気持ちを切り替えてこの門をくぐった。 教室へつく廊下の手前で夏目くんとすれ違う。驚きのあまり京子は立ち止まり、彼の向かう方向へ視線を投げる。夏目くんの少し思いつめた表情に嫌な予感が拭えない。 「詩呉、行きましょう」 京子に呼ばれて私も教室へ入るとそこには、クラスメイトに囲まれた春虎くんがいた。賑やかな空気と穏やかな教室に京子は驚愕していた。初めから春虎くんから流れる空気は人を集めるものだったことにより、私に関してはそこまでの驚きはなかった。が、そんな京子の隙を捉えたのは紛れもなく彼だった。 「気になるか」 「っ!!」 『阿刀くん、おはよう』 「ああ」 彼の登場に驚かずに挨拶をする私に、彼の方が驚いたが普通に返す。それから私は彼の隣を通り過ぎ天馬に挨拶をしに行った。きっと京子に何かを吹き込むのだろう。優しいけどお節介だけど、悪戯好きの可笑しな人…本当に、君は変わらないね。 くすり、笑った喉を隠しながら私は何かを吹き込んだ京子が春虎くんを呼び出した姿を目撃、そんな彼らを静かに見送った。 prev|next 戻る |