Sunset of the windowsill



「昨日は悪かったわね」
「へ?!」
「成り行きでああなっちゃったけど、元々文句をつけたのは大友先生に対してだし」
「ああ、いや、まあ」
「とにかく。大袈裟になったこと謝っておくわ」


階段の扉を一枚隔てた向こう側で京子が春虎くんに謝罪する声が響いた。
たまたま探し人を探している途中、非常階段の扉を開けたら上から声が聞こえたので盗み聞きではないのだけど、いたたまれないのでそっと閉めた。
京子頑張れ。と心の中で応援しながら再び廊下を宛てもなく歩き続けた。
どこへ行ったんだろう。まるで私を避けているみたいに…私が問いたい回答に対して渋るような感じなのがなんとなく解る。きっととてもよくない事なのだろ推測する。
そういうのはちゃんと心の準備をしてから執り行いたい私は、めげずに探し続ける。


『ここしかないよね』


職員室。ありきたりと言えばありきたり。必ず教職員たるものここへ帰還するものだけど、最初に来て以来だからもしかするといないかもしれない。けど裏をかいて戻ってきているかも…悶々と悩みながら扉に手をかけた。


『失礼します』


挨拶を言いながら室内に入ればその人は暢気に椅子に座って棒つきキャンディーを舐めていた。


『……お・お・と・も・先生?お話があるんですけど。今お時間よろしいですか?』
「あー、水無瀬くん。ははは、飴ちゃん食べる?」


見つかった子供のように陣さんは両手を挙げて私に棒付きキャンディーを差し出した。


「んで?君の聴きたいことってなんや?」


移動した会議室ですっとぼけた言い方に無言で呪符を彼に投げつけた。普通に避けられる。


「ッ!笑顔で雷撃喰らわせなくてもええやないか。冗談や。冗談。ホンマは知ってるって」
『私の質問にだけ答えてください』
「ハイ…」


呪符を並べながらいくつか質問をし始めた。


『あの呪捜官は、態とですよね?』
「…なんでそう思うんや?」
『あんなに下手な演技見たことありません。内心など顔色見るだけで読めました。確かに学生を騙すくらいなら合格点だとは思いますが。プロを誤魔化すのは不可能です。それなのに美代さんも陣さんも知らないフリをしているのが気になったので』
「だから、一雨きそうやと?」
『嫌な大雨が、です』
「ははは。流石はあの人の養女(むすめ)やな。一癖もある僕の事も理事長の事も読んだ上で確信と…己の任務に忠実や」
『馬鹿にしてますか?』
「捻くれは昔からやな」


余所を向く私の頭を彼は昔と変わらずに撫でた。


『危険な目には合わせたくありません』
「…ここは陰陽塾。生徒として入塾する者は覚悟決めてる奴が多い。特に渦中の人間は。君がそないに心配するんは馬鹿にしとるのと同じことやで。それに君だって危険とわかっていてもやったやろ。あれと同じや」
『はあ…大人は狡猾ですね』
「ははは、それが呪術というものや。これ以上は自分で考え」
『あ、陣さんッ』


扉を開けて先に出てしまう彼の背中を追いかけていけば職員室前で天馬に会う。クラスでノートの回収をしていたからそれを届けにやってきたのだろう。そんな彼が私を見つけると笑みを浮かべる。思わず口を閉じた。


「詩呉ちゃん」
『天馬。ご苦労さま』
「ありがとう。これ大友先生頼まれていた提出物です」
「おおきに。ああ、そういえばコレついでに春虎クンに渡して貰える?」
「え?これって錫杖ですか?」
「そうや。あの時自信作だったにも関わらず壊されたんで改造して作り直してみたんや!」
「(リベンジかな)」
『(リベンジだね)』


それを天馬に手渡して目の前の扉を閉められた。どうやら本気のようだ。頭を抱えたくなり息を深く吐き出すと、隣にいる天馬が心配してくれる。


「大丈夫?」
『うん。大友先生は天馬にばかり注文して』
「たまたまだよ。久しぶりだね、こうやってふたりで話すの」
『言われてみると、そうだね』


夕暮れの廊下を二人で並んで歩く。天馬は少し頬を赤くして私に向かって変わらない笑みを向けてくれる。


『落ち着くな…天馬の隣』
「え……!ぼ、僕はッ。君が隣に居ると……落ち着かないよ」


天馬が激しく動揺しながらも間を空けて言った最後の言葉は、廊下の先で見かけた人によってかき消された。


『阿刀くん』
「よお、お二人さん。相変わらず仲がよろしい事で」
『阿刀くんこそこんな所で何をして……』


からかう冬児のリップサービスを無視して近寄れば、そこは非常階段の出入り口だった。
確かそこには、京子が春虎くんを呼び出している場所なんじゃないかと思い出して。


『いつか訴えられるよ』


呆れた顔で彼を見つめればニヤリと笑うだけだった。
扉の前に手をついて開けようとしたのだが、夏目さんの声が聴こえて。


「君は周りよりずっと遅れているんだぞ。少しでも時間が合ったら自分を磨いたらどうだ!!」


何かを叩く音が聞こえた。それも大きな音。夏目さんがきっと叩いたに違いない、無機物を。
それだけの感情が収まらない彼の憤りを感じた。開ける事は適わなくなり私も阿刀くん同様扉の前で立っていた。


「倉橋さんやクラスの連中に媚び諂う暇なんてないだろっ!!どうして本気になれないんだ!!君も土御門の人間だろっ?!周りに甘えるなよ!」


夏目さんのその言葉に扉に触れていた手が少しだけ汗ばんだ。周りに甘えるな、それは頼れる人がいない人が口にする言葉じゃない。頼れるのに頼らない人が口にする言葉。夏目さんは、不器用な人で優しい人なのだ。きっと……でも、それは淋しいことだ。


「僕たちは早く一人前の、誰の助けもいらない陰陽師にならなければいけなんだ!!どんなに辛くても、寂しくてもっ……」


彼女の言葉の羅列は、彼女の心の叫び声に聞こえた。それだけ彼女にとって土御門春虎という存在は心を動かすに値する人物なのだろう。文字通り、大切な人なのだ。だから、美代さんも判断したのだ、きっと。


『辛くても、淋しくても……』
「詩呉ちゃん」


うわ言のように繰り返した言葉。天馬が名前を呼ぶから顔を上げて天馬を見つめた。


『天馬』


頬を伝った涙を天馬は黙って拭ってくれる。
違うよ。きっと。それは違う。夏目さんには頼れる人間がこんなに沢山いる。甘えないのと甘えてはいけない、という使い方を間違えている。夏目さんは甘えていい方だ。子供の頃からどれだけ苦言を呈されて来たのだろう。どこにも通る言葉がないから胸の内に秘めて来たのではないだろうか?夏目さん。泣かないで欲しい。大人にならなくてもいい。大事なのは力をつけることではない。今、学ぶべきことは仲間を信頼することだけだ。

これを陣さん教えたかったのだろうか?
夏目さんに信頼を。春虎くんには現実を。そしてそれらに付き合う者達には過酷を。
呪術は人の経験によって力が比例する。未熟な陰陽師とは、人生経験が浅いということなのだろうか。それとも精神の成長が遅いからと言えようとか。
私は、固まっていく決意を胸に天馬へ笑って見せた。


「もう大丈夫?」
『うん、ありがとう。天馬』


私は、この未熟な陰陽師たちを支えることから始めよう。きっとそれが私に課せられた試練かもしれない。


「やっぱりお前らお似合いだな」
「ふぇ?!そ、そそそそうかな??」
「ああ。お似合いだ。お似合い」
『阿刀、くん……?怒ってる?』
「何で俺が怒るんだ?」


否定するけど、語尾が少し強かった。そんな彼の表情に眉を寄る。一体何を考えているのかまったくわからない。


「天馬。お前さっきから何を持っているんだ?」
「これ、春虎君にって大友先生に頼まれたんだ」


天馬が持っている錫杖が動きに合わせて音を奏でる。冬児も「 リベンジだな 」と思っていたに違いない。そんな呆れ顔の冬児の顔を見せてやりたくなった。陣さん、生徒の過半数以上がきっとこの顔をあなたに向けていますよ。子供ですか、と―――。
だが、その時。微弱ではあるが邪気を感じた。近づいてくる…夏目さんが危ない!?


『夏目くん!』


非常ドアを開閉させて踊り場へ出れば、そこには黒い靄に体を飲み込まれた夏目さんの姿が目視できる。
遅かった……!あの呪捜官の仕業に決まっている。夏目さんを助けようと靄に手を伸ばす春虎くんだけど。邪気の気にあてられて手を傷めている。そんな春虎くんを私の後に続いて入った冬児は声をかけた。


「春虎っ!!」
「阿刀くん、詩呉、天馬っ」
「なんだこりゃ」
『式神かな』


私の言葉に皆が「 えっ 」と声を漏らすと同時にその式から声が届いた。
まさかこんな強硬手段を選んでくるとは、相手を少し侮っていたのかもしれない。平和ボケしすぎたかも。


{ お前のような下郎が北辰王の御心を乱すなど承服出来んわ }

「北辰王?!まさかこれっ」
「夜行信者!!」
「どういう事だ」
「君たちが入塾する二日前。夜行信者が夏目君に接触してきたんだ」
「何だって?!」
「拉致しようとして呪術のやり取りにまでなったって、そうだよね、詩呉ちゃん」
『ええ。実際その時は追い払えたけど、代償は少しばかりあった』
「その場に居たのか」
『いいえ。私は家庭の事情で席を外していたから、大友先生に聞いたの』


実際、私が現場に居て追い払った張本人なんだけど。あの時からこうなる算段をたてての犯行だったのかも。そうすれば自然なほどに陰陽塾へ出入りが可能になり、土御門夏目への接触も易々と果たせる。
自分のことばかり考えているからこういう事になる。まだまだ人間関係については修行が必要だな。
思わず冬児を見ては睨んでしまった。ただの八つ当たり。


「その件で夏目君は呪捜官の取り調べを受けてた。放課後や休み時間に」
「あいつ特別カリキュラムって」


春虎くんには思うところがあったのだろう。
何故言わなかった、言ってくれなかった、頼ってくれなかった――と。


「夏目君があんな事思ってたなんて。考えて見れば当然よね、土御門の跡取りってだけでプレッシャーを掛けられるし、夜行の生まれ変わりってだけで厄介な信者に襲われる。誰も近づこうとは思わないし、彼だって迷惑をかけると思えば誰にも近づけない。やっと出来た仲間を巻き込みたくなかったのよ。それくらい気づきなさいよ、馬鹿っ!!」


苦虫を潰すような思いが彼の心を苛めた。気付けなかった、気づこうともしなかった。浮かれていた、なにも考えられなかった。いや、違う。春虎くん。誰も悪くはない。


「春虎君、これ。大友先生が君にって」


天馬から錫杖を受け取り、春虎くんは決意する。あの瞳で。


「コン、天馬、冬児、倉橋、詩呉。力を貸してくれ!」


彼の掛け声に皆が口を揃えて頷いた。誰も彼もがそのつもりだったのだ。


『京子。呪詛返し出来る?』
「ええ、任せて」
『彼の式神に案内してもらおう。夏目くんを取り戻すために、そして、春虎くん』


階段を一段ずつ降りていき彼の隣に並ぶ。


『夏目くんに思い知らせよう。どんなに君が一人でも、もう君は一人にはなれないことを』
「…ああ」
「行くわよ。【地より生まれし呪い。主の元に戻りて、燃え逝け、絶え逝け、帰れ逝け】」


呪詛返しが発動するその光の中で、私たちは土御門夏目の奪還戦に挑む。




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