02
「有栖川さん。部活はもう決めたの?」
あっという間に下校時間になり、クラブハウス棟へ向かう支度をしていると桜井に声をかけられた。
「ストライド部」
正直に答えると桜井はいきなり立ち上がり私の両手を掴んでぶんぶん と振り出した。
「やっぱり!ストライド部だよね。何となく有栖川さんはストライド部に入るんじゃないかなって思ってたの!」
「あ、そうか…」
興奮気味に迫られて若干引いていた。
「一緒にマネ―ジャ―頑張ろうね!」
「はあ?あたしはランナ―希望だ」
「…えっ!?ランナ―って事は…でも方南には女子のストライド部はなかった気がするよ?」
「ストライド好きなのに何も知らないのか?5年前から男女混合になったんだよ。男に交って女も走れる。だからあたしは方南のストライド部に入る」
席を立ち上がり、鞄を背負って教室から出て行こうとすると腕を掴まれてしまった。
「私も一緒に行く!」
「…好きにすればいい」
面倒だな。まったく。 何も覚えていない事さえも怒りに思えなかった。
「憧れている人ってやっぱり2年前のEOS(エンドレスオブサマ―)に出場した選手?」
「違う。子供の頃に会った人。その人がきっかけでストライドやり始めた」
廊下で桜井に何を語っているんだと思いながら、口が軽くペラペラ喋っている。
オリエンテ―ションの資料を片手に、二人でクラブハウス棟の入り口までやって来た。
遠慮なくドアを開けようとした時、後ろから名前を呼ばれた。
「桜井奈々。有栖川純」
フルネ―ムで人の名前を呼ぶ奴なんて一人しか心当たりはなかった。
「藤原」
「え―と、藤原くん」
桜井の中にも印象が根強いのか覚えているようだ。
「ストライド部に行くのか」
「え?あ、うん……」
「場所を知ってるのか?」
「こっちだ」
どうやら案内してくれるようだ。藤原の背について行きながらなんとも言えないクラブハウス棟の中を歩き続ける。
「あの、有栖川さん」
「純でいい」
「あ、じゃあ…純。藤原くんと知り合いなの?」
「あ―そう、だな。まあ、そうだ。うん、多分」
「曖昧だね」
「知り合いだと思われる事に抵抗があるだけだから気にするな」
「そっちの方が気になるよ、逆に」
小声で桜井と話していると着いたようで、藤原がとあるドアの前で立ち止まった。
クラブハウス棟の二階。奥まった場所に位置するその部屋は何とも静かすぎていた。ドアの所には手書きで《ストライド部》と書かれた紙みたいな物が貼られており、ついでに将棋部とも追加で別紙に記載されていた。
「良かった。ストライド部、やっぱりあったんだ!」
「本当にここがストライド部、なのか?」
「ああ、間違いない」
喜ぶ桜井を余所に藤原に確認するが、断言された。 胡散臭いのだけど、あたしだけなのか?まあいいや。どんな場所だろうと、ストライド部に入れば、あの人が居る。絶対に。ここまで来た目的のためにあたしは入部するんだ。
遠慮なしに藤原がドアを開けて、あたしは一歩部室へと足を踏み入れる。
「失礼します」
「まった!」
「まったなし!」
・・・・はあ? タイミングよく聴こえてきたその二つの声に、眼が点になる。
「いや、まってくれ!」
大柄の男が体格に似合わず交渉を諦めずしている。
「またない!ディスイズRTS(リアルタイム将棋)!」
眼鏡の男が立ち上がりダン!と畳みらしき地面に足音を響かせた。
将棋盤を挟んで、入室したあたし達のことにまったく気がついている様子ではなかった。そんなに白熱しているのか。
桜井などもう一度ドアに貼られている紙の文字を確認していた。
とりあえず室内を見渡すが、あの人はいないようだ。
「あの―」
後ろから遠慮がちに声をかけられて桜井が肩を跳ねあげていた。突然声をかけられたら誰だってそうなるだろう。
振り返ると、人懐っこい笑みを浮かべている上級生(多分)が立っていた。
「もしかして入部希望者かな?」
「は、はい」
桜井が答えると藤原が無言で頷いていた。そして視線はあたしへ注がれる。
「君は?」
「ここに【恙御祈】さんは所属していますか?」
遮ってそう問い掛けるとその人は更に笑みを浮かべた。
「居るよ」
本当に、ここまで来たのか。改めて実感した瞬間だったのかもしれない。いつの間にか握っていた拳からは汗が酷かった。
「歓迎するよ―。僕、二年の小日向穂積。よろしくね」
そう言って室内へと入室する。 背は低い人だな。これで2年なのか。
小日向先輩がまだ白熱した将棋を打っている二人の先輩に手をぱんぱんと叩いて「入部希望者だよ―!」と言えばやっとこちらの存在に気がついたようだった。
「それで、どっちだ?」
体格のいいオ―ルバックの男の目つきが変わった。
「その目つき。その眼鏡。キミは将棋部でしょ!」
かなり溜めて、期待を込めて、言った眼鏡の男が藤原の根暗な雰囲気からそう断言するかのように、言う。
「違う」
「即答っ!」
間髪入れることなく藤原がそう答えるのを後ろで軽く笑っていた。
「お前が悪い」
じとりと見られるが、中学からの付き合いだ。恐くも何ともない。
「俺はストライドをやりにきた」
またしても断言する。
「あれ? きみ、もしかして劔屋中の藤原くんか!」
「……そっす」
「やっぱしか。彼、U―15ではけっこ―有名なストライド選手だよ。兵庫から東京に来てたんだね」
桜井が「有名人」と聞いて尊敬の意を藤原へ注いでた。眼鏡の先輩が、フレ―ムを少し上げてレンズを光らせた。
「ではこちらの貴公子殿は藤原くんとコンビを組んでいた、有栖川純くんだね!」
「……きこう、し」
そう言われて落ち込んだ。確かに男に見られがちだが、目の前でそう言われてしまうと流石に傷つく。
「門脇氏。彼女は女性ですぞ」
耳打ちする小日向先輩に門脇先輩は「え、うそ!ごめん!」と慌てて謝ってくれたがそれでもダメ―ジは免れない。
「へぇ―女のランナ―は久しぶりに見たな」
それまで沈黙していた支倉という男は、将棋の駒を指先でくるくると器用に回しながら初めて視線を交合わせた。
「女の子でもストライドが出来るんですか?」
桜井の素朴な疑問に門脇先輩がしゃしゃりでる。この人説明好きなのか?
「初めてストライドが浸透した時から女性選手が居たのは事実だよ。でも男女には差が出てしまっているため、公式的には男女混合での出場は認められていなかったんだ」
「だが、五年前。突然現れた女子選手が男を差し置いてぶっちぎりで優勝を獲っちまった事で、男女混合での出場が可能。だがまだ浸透していない所為か女のランナ―は少ない」
支倉先輩は視線をロッカ―へと何気なく流す。彼の視線の先には、綺麗な字で【恙御】と記載されているロッカ―があった。
「じゃあ純が言っていた【恙御祈】さんって」
「数少ないウチの部員(ランナ――)だ」
そうだろう。そうだろう。 とまるで自分の事の様で嬉しくて堪らず頷いていた。
「なので、将棋部には入らない」
「まるで心を読んだかのような素早い返答!じゃあ……」
「桜井も違う」
「はい。違う!」
茶番劇の幕引きを告げられて、門脇先輩は窓辺に近づき目頭を抑えていた。ユニ―クな人だ。
「えっ」
今まで話を聞いていた可愛らしい小日向先輩がすっとんきょんな声を上げる。とても驚いた表情をしていた。それは支倉先輩も同じようで。 あたしがランナ―志望なのは誰もが口を挟まない程、自然に見えただろうが、桜井のような女の子らしい子が、ランナ―って言ったら驚くだろう。ランナ―じゃないけど。マネ―ジャ―志望らしいけど。
「えっと、改めまして……桜井奈々です。方南でストライドがやりたくて来ました。マネ―ジャ―志望です。よろしくお願いします!」
桜井がそう言い終えると互いに顔を見合わせた先輩方。門脇先輩を覗いて。
「うんうん、歓迎するよ。僕は二年の門脇歩。大器晩成、≠ニ金≠フ門脇!将棋部の部長さ」
最後の方は涙声で掠れていた。そんな門脇先輩を慰める小日向先輩。
「あの、私たち。ストライド部に入りたいんですけど……」
それはここに居る三人の一年なら誰でも思った事だと思う。
「一応、俺がスト部の部長。支倉ヒ―ス。三年だ。まあ、どっちに入っても自動的に兼部だけどな」
支倉先輩は入り口を顎で指す。そこには確かにストライド部と将棋部という記載が貼られている紙があった。
「え、どういうことですか?」
桜井の疑問に、小日向先輩が答えてくれた。
「ウチの学校は四人以上いないと、廃部なんだよね―。つまり祈ちゃんを入れて四人でお互いの必要人数をキ―プしてるんだよね」
「じゃ、じゃあ祈さんを含めたここに居る三人の先輩たちは―」
「如何にも。ストライド部及び将棋部の全員部員である!」
「嘘だろ……ッ。あの祈さんが所属している方南スト部がまさかの廃部寸前とか、有り得ないだろ!あの人はストライドの神童まで謳われた超有名人なのに。そんな人がギリギリとかっ、有り得ない!信じられない!一体アンタら何してんだよ。こんなん、ただの宝の持ち腐れじゃねえか……」
「じゅ、純」
桜井が項垂れたあたしの身体を支えるが、今は何よりも悔しかった。憧れている人が何でこんな錆びれた名声の場所で静かに埋もれようとしているのか、納得できない。
「それはお前のエゴだろ」
支倉先輩の言葉が、カツンと頭に響いた。
「あ、あの!方南の動画を見たんです。それでストライド部に入りたくて、ここの学校に決めたんです」
今にも掴みかかりに行きそうなあたしを抑え込むために桜井は話題を自分へと切り替えた。
「動画?」
すり替えに成功したのか。あたしも深呼吸をして作った拳を下ろした。
「ちょっと待ってください」
一先ずの嵐を抑えられたことに安堵しつつも、桜井は急いでスマ―トフォンを取り出し好きで何度も見ていたのだろう。迷いのない指さばきでその動画を、探し当て再生を押した瞬間。
----------------------------------------------------------
best_stride_ever.mp4
ストライド協会の申請により、
該当の動画は削除されました。
----------------------------------------------------------
「ストライド協会のばか―っ」
無情なメッセ―ジに桜井が壊れてスマ―トフォンを宙へ投げた。それをキャッチして桜井の肩をぽんぽんと叩く。
「で? その動画の何が良かったんだよ」
「本当のトップスピ―ドで、リレ―ションしている動画は、これだけだったんです。それに、途中で女の人の微かな声が聴こえたんです。《大丈夫だよ》その言葉でスピ―ドが風になってどの動画よりも信頼の息の合ったストライドだった。だから、方南のストライドが好きなんです」
桜井の語っている動画の二人と声の人物をあたしは知っている。会場まで足を運んだからよく覚えている。確かにあれは最高のストライドだった。
「その動画の……二人ね、今三年なんだけど。一人は休学、もう一人も、とっくに部活やめてるよ」
先程寄り少しト―ンの下がった声で小日向先輩がポツリと呟いた。
「えっ」
「二人には悪いんだけど。今は人数居ないし、試合は無理なんだ」
桜井の哀しい顔が横目に映る。
「あ、でも来てくれたのは嬉しいし。試合が無理でも一緒に練習なら出来るよ!」
「試合ねぇのに何のための練習だよ」
励ましの言葉を小日向先輩がかけるも支倉先輩はまるで希望を打ち砕くマイナスな発想で破壊する。だけど、彼の背中はとても淋しそうではあった。
「桜井さんはマネ―ジャ―志望だったよね。ストライドはランナ―6人、リレ―ショナリ―1人必要だから……試合に出場するためには、あと一人必要だね」
「あと二人だよ。穂積くん。僕を数に入れないでくれないか」
「あと一人なら何とかします!」
「だからあと二人だって!」
「私みたいにストライド好きな人きっといっぱいいますから!現に純みたいな!」
「譬えはあたしかよ」
急に巻き込まれてジト目を向けると桜井が「ごめん、ごめん」と謝ってくる。
「スト部には、もう人なんか来ねぇよ」
「納得いかない。アンタら好きでここにいるんだろ?じゃあ、なんで門脇先輩を鍛えているんだよ。みりゃわかんだよ」
ドン! と大きな音をたててロッカ―を叩けば周囲は驚いたように口を閉ざした。
「藤原」
「ああ、悪くない」
「うひゃぇっ!」
「息の合ったコンビネ―ションだね。藤原くんと有栖川さん」
小日向先輩が感心したように驚いている。それもそうだろう、藤原の名前を読んだらあいつは解ったみたいに門脇先輩の足を揉んでいたのだから。
「あたしも見たよその動画っていうか会場で」
「え……」
「ストライド好きな奴はいる。必ず。ここには確実に6人いんだから。だからあと一人くらい見つけて来てやるよ。連れて来たら部活始動ってことでいいいよな、部長さん」
「凄い…凄味」
「…いいぜ。連れて来られたらな」
「後悔するなよ」
「男に二言はねぇ―よ」
「おし。行くぞ二人とも」
「お前もいい脚している」
「ちょっと黙ってろ変態」
「あっ。待って純!必ず連れて来ますから!」
旋風のように荒らした状態で去って行く一年たちに支倉先輩は再び将棋の駒を動かすが、その姿はとても嬉しそうだった。小日向先輩はそんな姿を見つめながら微笑んだ。
(よかったね、ヒ―スくん。さて、もう一人のお姫様に知らせないと)
スマ―トフォンを取り出して文字を打ち始めた。
prev|
next
戻る
ALICE+