09
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side:KYOSUKE KUGA
勝手知ったる玄関のドアは昔と変わらず開いていた。
リビングのドアの隙間からは、玉子焼きのいい香りが漂う。
「おはよう、恭介くん」
突然背を向けているにも関わらずその人は来る事を予期していたようだった。
「おはよう、ございます……」
「祈なら2階でまだ寝てるよ」
ニコリ、と爽やかな笑みを浮かべてその人。恙御叶は弁当箱に料理をつめていた。
隠し事など出来ない。 あまりしたいとは思っていないが、軽く頭を下げてから2階の階段を上がった。
上がりきれば4つのドアが有り。南向きの角部屋を見つける。ドアのプレートには【祈の部屋】と下げられていた。
ノックをするのが礼儀なのだが、寝ていると聴いていたので静かにノブを回して入室した。
内装は彼女の趣味とは思えない飾りつけに近かった。でも、それも変わらない、あの頃から何一つ変わっていない。時の流れにまるで逆らっているかのように。
もう一度あの頃に戻れるなら……甘い期待は、己を破滅へと導く。痛いほどよく理解している。ベッドで小さな寝息をたてる彼女の隣に座り頬を指先で撫でる。
乾いているが、筋のように何かが通った跡がくっきりと残っていた。
「また、泣いていたのか」
頬を数回撫でながら髪に指を通しても、寝起きの悪い彼女は目覚めない。
通常運転な日常。彼女の鼻をつまんで起こすのも、また日常だ。
『死ぬかと思った……』
「熟睡だったな」
肩を上下に動かしながら大きく息を吸い込み、酸素を供給していた。
「制服に着替えろ。行くぞ」
『まだ朝の4時だよ?どこに行くの……』
気を抜くと彼女は再び夢の世界へ旅立とうとするので布団をはぐ。
『殺生な―、殺生な―』
念仏のように唱えながら仕方ないといったそぶりでパジャマのファスナ―に指をひっかけた。
それを合図に立ち上がり下で待つとジェスチャ―をすれば、コクリと頷いた。
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side:you
大きな欠伸をしながら、階段を下りていい匂いのするリビングに入る。
「おはよう、祈。紅茶を用意してあるよ」
『ありがとうお兄ちゃん』
「まだ眠そうだね。今日はミルクティ―にしたから」
私のマグカップが食卓に鎮座している。定位置。いつもと変わらない日常。
椅子に座りマグカップを両手で持ちながら息をふきかける。湯気が鼻の頭を温めて、まつ毛にかかる。ミルクの甘い香りにカップを傾けて喉を上下に動かせば喉の奥には温かな液体が流れて。鼻に残るのは甘いミルクティ―。
「少しは目が覚めたかな、僕のお姫さま」
黒いエプロンを身に付けたお兄ちゃんが私の髪を梳かす。
『ん―』
やっぱり眠いから欠伸をする。お兄ちゃんは笑って私の髪のセットを終わらせてしまう。少し折れたスカ―トの裾を直しながら、最後はグビッとマグカップを傾けて飲み干す。
「行くぞ」
きょうちゃんが玄関で声をかける。
『じゃあお兄ちゃん。いってきます』
お弁当箱を二つ手にして鞄を引き寄せて、声をかけるとお兄ちゃんは笑って。
「いってらっしゃい」
柔らかな微笑みとまだ少しだけ肌寒い冬の名残が肌を震わせる早朝の出来事。
ヘルメットを借りてバイクの後ろにまたがる。肌を差す冷たさの中。風は確かに私を包みこむ。きょうちゃんの腰にしがみついてゆっくりと朝日が昇る様を眺めていた。
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「はよ―」
『……ひ―ちゃん。バラしたでしょ』
私が遅めの朝食を学校で食べている事にひ―ちゃんは疑問に思わず椅子に座る。
「ストライド部(ウチ)のお姫サマは俺の言う事聞かないからな」
『ぐぬぬぬ』
「俺が教える前には既に気がついてたぞ」
ひ―ちゃんは歯を覗かせて笑うから頬袋を膨らませてクロワッサンの端をかじる。
「あんま無茶すんなよ。マジで」
ひ―ちゃんは机の上にカフェラテの缶を置いた。私のお気に入りのメ―カ―。
『ひ―ちゃんってどうしてモテるんだろう』
「失礼だな、お前。ぶっちゃっけお前が何でミス方南に選ばれたのかそっちの方が七不思議だろ」
ひ―ちゃんの笑い声は喉が潰れた声で終幕した。足を思いっきり踏みつけた。
「どうしたの支倉?」
「あ…いやっ……(てめぇ―!)」
「それ人気のパン屋のクロワッサンじゃん!」
『うん。食べる?』
「いいの?ありがと!じゃあ代わりにサンドイッチあげる」
『わ―い』
差し出されたサンドイッチを食べながら授業開始まで残り十分を過ごした。
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