黄色は自己顕示の象徴




「最初は日常的だと思って取り合わなかった」


自分で言うのも何だけど、と彼は付け足しながら説明を始めた。
黄瀬涼太と言えばキセキの世代としてバスケ雑誌に掲載済みの注目選手。それだけに留まらず、ルックスを活かしてメンズモデルとしても活躍している自他共に認められた有名人、だったりする。


「それ自分で言ってて恥ずかしくねえのか」


笠松の意表を突く的確なツッコミに胸に刺さるものはあったが、軽く咳払いをして黄瀬は話を続けた。
何が言いたいかと言うと、黄瀬は普段から物をよく盗まれる性分であった。

モデルにそのルックス、女子は引く手数多な薔薇色人生。引き出しの中や鍵のないロッカーなどからは常に物がなくなる始末。全ては女子の過激なまでの行為であると黄瀬は自覚している。だが、彼や周囲が奇妙だと恐がるには別の理由があった。

それは部室のロッカーから物が紛失する事件が多発したからだ。
部室のロッカーは関係者以外は出入り禁止な上に鍵が常にかかっている状態。合鍵などは勿論存在しない。そこへ誰かが侵入するというのも可能ではあるが不可能に近い状況下である。何故なら部室へ到達する前に必ず体育館を横切らないといけないため、絶対に部活の最中ならば誰かが目撃している。もし時間外であったとしても部室の鍵は顧問の先生が常に常備している。何より性質が悪いのは無くなっていくものが黄瀬にとって必要不可欠なものへと変化していっていることだった。

最初はスポーツタオル。次に清涼スプレー、ピアス、リストバンド、冷却スプレー、湿布。
後半の冷却スプレーや湿布などは、彼が試合中に足を怪我してしまい病院に処方してもらったものを部活中に使用している。毎回持ち帰るのも何だからと、部活中に使用する分は部室のロッカーに常備していた。クールダウンの度に使用しないと病状が悪化し、今後のスポーツ生命を絶たれてしまうと脅されているくらい酷使してしまったようだ。頻繁に膏薬を使用しなければならない事実。これは安易に捉えてはならない悪戯に分類するといっても過言ではないのだと推察できる。

この事件は毎週起こっていた訳ではない。日にちも日付もバラバラで、月に一度起こる程度だと黄瀬は苦々しく語った。長い間説明をしていたため、喉が悲鳴を上げたようだ。黄瀬は温くなってしまったマグカップに指を引っ掛けて一気に飲み干した。


『質問してもいい?』
「答えられる範囲なら」
『じゃあ、バスケ部の部員数は?』


黄瀬が笠松へ視線を投げると、部長である彼は腕を組みながら答えた。


「ざっと27人在籍している」
『そのうち二年と一年は何人いますか?』


少女が笠松へ向き直し敬語で訊ねた。


「二年は8人、一年は13人だ」
『ロッカーの並び順は?』
「空いたロッカーを埋めていく形式だから、割とバラバラだね」


森山が口を挟む。


『部活動の進行は?』
「ウォーアップとかは各自。練習形式はほぼレギュラー陣、平部員は学年事にがうちの方針だ。たまに合同でやるが、走りこみくらいだな」
「休憩は各自こまめにだから、そこはフリーだよな」
「そうだな。全体的に取る場合は合同の場合のみで、他は各自好きなときに休憩を挟むようにしている」


『そうですか』と笠松が答え終えるとそれだけ返した。少女はカップに指を引っ掛けてくるくると手元で回しだす。


『差し支えなければ、私をその部室に案内していただけますか?』


少女は丁寧な言い回しをしながら笠松を見る。女性に慣れていない彼は慌てて目線を外しながら「構わない」と答えた。これも全て後輩のためだ。
笠松等が立ち上がると少女も倣ってソファーから立ち上がった。ソファーに散らばっていた長髪は背中までしかなかった目測の誤りに黄瀬は思ったよりも少女が小柄であることを知る。幼い印象を与えていたのは少女の雰囲気からによるものだけではないのだと、しげしげと不躾に観察していた。そんな黄瀬の視線に気が散るのか気まずそうに目線を上げて少々細めた。

まずい、と思った黄瀬は普段同様に女性のツボを抑える表情を浮かべて少女に手を差し出した。
けれど、少女はその手と黄瀬の顔を交互に見ながらついっと彼を背に置いて笠松の背を追いかけた。予想をしていた反応と随分と差があったことに面を喰らうがそこまで深い傷を作ることも無く黄瀬は進路室を最後に出た。



◇◇◇




体育館は春の暖かさを断然上回るほどの熱気に包まれていた。部活動が盛んである海常高校ならではの人の多さに、少々参っているようだ。少女は若干眉を顰めるがそれでも笠松の後に続いて部室まで辿り着く。ドアには鍵穴があるが、鍵をはめる様子もなくドアノブを捻れば解錠した。
森山が先に部室に入り小さな小窓をあける。そうしなければ汗臭い部室内のため臭いがかなり辛い。ますます眉をひそめる少女だが、決して口にはしないようだ。
黄瀬が笠松に替わりドアを押さえて少女に「どうぞ」と促す。その紳士的な行動を一瞥しながら軽く会釈をして少女は中へ入り笠松の説明を聞いた。


「ここが男子バスケ部の部室だ。些か汚いが勘弁してくれ」
『いえ…練習中は解錠しているんですね』
「ああ。一応目が届く範囲にあるから部外者は入れないと、踏んでたからな」


少女は再び部室の扉へ振り返る。確かにこの外にはバスケ部が練習をしている。多くの部員の目がこの部室へ入室する人物たちを自然と目撃する。
それから少女は数歩室内を歩き、縦長のロッカー左右交互に見た。名札があり笠松の名と森山の名を見つけたが、彼らを真向かい同士に位置していた。
それから黄瀬のロッカーを見つけ出し、彼の隣りのロッカー左右の名に注目した。
すると、黄瀬が少女の後ろから「ああ」と納得したように口にする。


「田中と郡山先輩っスね」


左に【田中】右に【郡山】とプレートに記載してあった。少女は黄瀬へ目線を上げると黄瀬は笑みを浮かべて少女に「知りたかったんでしょ」とでも言いだけに威張っていた。
黄瀬のロッカーへ一歩踏み出し、ロッカーを開ける。中は綺麗に整理されており予想外だったのか、少女は目を見開いた。
そして黄瀬が言っていた冷却スプレーと湿布が入っているバックを見つけて中を確認していいか訪ねると、黄瀬は快く承諾しバックをとり、少女へ手渡した。中央にベンチが存在するので、そこへバックの中身を並べた。
左から冷却スプレー、湿布、鎮痛剤、包帯、サポーター、処方箋まで入っていた。どれも盗む或いは隠すにしても悪質な嫌がらせだと感じ取れる。
再びそれを綺麗に終いなおし黄瀬へ手渡すと彼はそれをロッカーへ戻し、扉を閉めた。


『あのバックにいつも入れているの?』
「そうだよ」
『それを知っている人物は?』
「笠松先輩と森山先輩…まあレギュラー陣はほとんど知ってるかな」
『部内で同学年の親しい人は?』
「そうだな、田中、佐藤、小林かな?」
『彼らのロッカーは何処に?』
「えっと、田中は俺の左隣で、佐藤は一番端っこ。んで小林が……俺の真向かいかな?」


黄瀬が教えてくれた通りに佐藤と小林のロッカーの位置を確認しにいく。
一番端のロッカーには【佐藤】と書かれていた。そして向かい側のロッカーには【小林し】と書かれている。
それぞれのロッカーから黄瀬のロッカー、出入り口、小窓の順で視線を向わせながら少女は目線を下げ少々時間を経過させた後、瞳がゆらりと揺れた。一度瞬きをしてから少女は顔を上げ、落ち着いた様子で口を開けた。


『すみませんが、今からお呼びする方から話を訊きたいのですがよろしいですか?』



誰だろうか…話毎にタイトルつけようとか考えた奴。じっちゃんの名にかけても「ファイル1」だよ。自分の首を絞めるのが好きなんだろうと自己分析。黄瀬くんが「〜っス」とか遣わないのはあなたとまだ親しくないからと尊敬していないからです。すんません。多分尊敬するんで……後半。もう少しだけこの茶番劇にお付き合いをお願いします。一応ヒント散らばってます。//2017




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