嘘は真から出た錆




「何だよ黄瀬。呼び出してよ」
「部室に女の子が部長たちと入っていたけど、何かあったのか?」
「もしかして…物盗りの事かい?」


佐藤、田中、小林が順に黄瀬に迫るが、黄瀬にだって訳がわからないのは当然だ。思わず視線を後方へ投げてしまう。そこには相変わらず読めない表情をしている少女が佇んでいた。笠松や森山も付き添いとして傍に控えている。
この状況下の中で呼ばれた三人は畏まってしまうのは当然の行動に思えた。


『部活動中にごめん。どうしても君たちに訊きたいことがあって……質問をしてもいいかな?』


全くの部外者である少女の問いかけに三人は神妙な表情になりながらも、相手が女の子ということもあり強くは出ずに視線を部長である笠松へと注ぐが、笠松は終始腕を組みながら目を閉じていた。


『黄瀬くんの私物を盗ったと思わしき人物は誰だと思う?』


率直で構わないよ、と少女は突拍子のない質問を繰り出した。核心的な質問に、この場に居た全員が「え゛え!!?」と言葉を濁した。何故そんなあからさまな質問を投げて寄こしたのか、少女の意図などこの場の誰もが理解などし難いものだった。
だが、少女はそれ以降口を開かずに結んだまま。佐藤を見つめる。その藤色の淡い瞳の光沢に息を呑みながら、佐藤はおずおずと言った様子で口を開いた。


「部外者だと、思う」
『根拠は?』
「部活中は人の目がある。だから部外者には犯行は無理だと言ってるが、内部に犯人がいるとも俺には思えない。なら部活の仲間に着いて行きロッカーを物色することなら誰でもできる。誰がどこのロッカーを使用しているのか、なんて俺は周囲と友人のしか把握してねえし……その犯行なら部外者にも出来ると思う」


拳を握りながら佐藤はそう答えた。
少女の視線はその隣りにいる田中へと向けられ、彼も佐藤に続いて答えた。


「僕は…郡山先輩かと」
『何故?』
「前に休憩を取る際にタオルを忘れて部室に戻ったら郡山先輩が黄瀬くんのロッカーを開けていたのを目撃して…指摘したら間違えた、と笑っていたけど。ネームプレートがあるのに間違えるなんて可笑しいと、思うので……」
『……その出来事は一度だけあったの?』
「あ、はい。でも他にも間違える人はいるよ。でも、黄瀬くんのロッカーと間違える人はいなかったけどね」
『ありがとう。では最後に、小林くん』


名指しをされ小林は「俺か」と言いながらも、彼も前の二人に倣って答えた。


「俺は、恵理だと思う」
「え、嶋田さん?!」


黄瀬が思わず声に出してしまい。周囲の視線を一心に受けるはめになる。彼は失言だと思い慌てて口元を手で覆った。
少女はコホンと軽く咳払いをしてから「どうぞ」と小林を促す。


「恵理は前に、黄瀬に告白してフられてるからその腹いせにやってんのかなって」
『証拠は?』
「あいつ、黄瀬と同じ物を所持してるって自慢してたから……それってもしかして盗ったものなんじゃないかって」


まあ、俺の推測だけど。
小林をそう付け足して曖昧に微笑む。そして周囲は黄瀬へ視線を向けた。来るとは思っていた黄瀬はゴホンゴホンと雰囲気を変えようと業とらしく咳払いをしてから「えーっと」と言葉を濁す。


「確かに嶋田さんから告白をされたけど……」


どうやら事実のようだ。
周囲は騒ぎ始める中、黄瀬は少女を視界に映すと。少女は不気味な程に無表情でやや口角を上げていた。


『ありがとう』


それだけ言うと笠松に目配せを送り、笠松は部長として彼らを部活へと戻した。
一連の動作だけを見て、黄瀬や森山は首を傾げて理解には及ばない。それは笠松も同様だ。三人の背中が遠ざかってから、残る三者の瞳はあどけない少女を捉える。
くるりとその場でスカートの襞を翻し、少女は黄瀬に言葉を投げた。


『嶋田さんに会いに行こう』


◇◇◇




嶋田恵理。
彼女は黄瀬とは二つ離れたクラスに在籍している、1年生の女子生徒。
やや綺麗な外見を誇るが、特別に目立った行動を起こすような生徒ではない。ある意味模範的な生徒に相当する。放課後の教室にまだ残っているのか賭けに等しいと黄瀬は思案する中で、少女は核心的に足を運び。嶋田が在籍している教室へと遠慮もなく扉を開け放った。中にはちらほら生徒がまだ残っているようで、談笑をしていた。突然の音に視線を送れる中、黄瀬はやや気まずい面持ちで教室内を見渡した。先月告白を受け、断った女子生徒に再び何の用件で尋ねなければならないのか、本来であるならば、関わりたくないのが心情。けれど、この少女は嶋田に会う、会わなければならないと豪語する。己の盗難事件のために動いてくれている少女の言葉を無下には出来ない。言い訳を並べて教室内に声を落とした。


「嶋田さん、ちょっといいかな?」


教室にまだ嶋田は残っていた。何故なのか、など今の黄瀬にとっては些末な疑問に過ぎない。黄瀬に呼ばれて嶋田は若干頬を朱色に染めて夕日と同化しながら「はい」と椅子を引き教室の扉までやや駆け足で来てくれた。


「ここだと、あれだから」


首の後ろに手を置いて困惑気味に隣りに並ぶ少女へ視線を落とす。因みに笠松と森山は席を外していた。一年生同士の方がいいと、少女が提案したからだ。
嶋田は黄瀬の視線を追い、目線を下げて少女の姿を確認した途端。目の色を変え一瞬で眉間に皺が寄った。その女特有の嫉妬心に宛てられる少女は若干面倒そうに息を小さく吐き出した。
それから三人で人気の居ない階段下までやってくると、嶋田は腕を組んで「なによ」と態度を急変させた。少女が黄瀬より一歩前に出た所為でもある。用件が少女なのだと解った途端にこの態度。嶋田がまだ黄瀬に対して好意が消えていないのは明白だった。
軽く咳払いをして、少女は重たそうに首を上にむけ。嶋田を視界に入れてから口を開けた。


『ご足労頂いてどうも、です。質問をしたいので答えてくれると有り難く、思います……』
「なによ藍沢さん、質問って。手短にしてよね」


流石の黄瀬も内心では「女の子って恐い」と再認識していた。


『黄瀬くんの盗難について、なんですけど。ご存知ですよね?』
「……知らない」
『笠松先輩』
「はあ?」
『森山先輩、郡山先輩』
「ちょっと何言ってんのよ」
『黄瀬くん』
「いい加減にしてよ!」
『佐藤くん、小林くん』
「!」
『田中くん……』


だが、少女事藍沢が唐突にバスケ部員の名前を口にし、とある名前で嶋田の表情は強張った。
藤色の瞳が鋭く一閃をひく。嶋田は途端に震えだし、組んでいた腕を解き、今度は自身の二の腕を掴んで守る姿勢となった。


「あ……あたしはっ!べつにぃ……勝手に、あいつが……!あたしは今回からは関係ないから!!」
「あ、え…ちょっと!ど、どうしたの?嶋田さん……?」


流石の黄瀬も奇妙に思ったのか嶋田を心配し手を伸ばしたが、その手は嶋田によって叩き落された。一心不乱に乱れたまま、嶋田は息がしづらそうに頭を抱えて唸っていた。
そんな異常な光景に、黄瀬は数歩後退し、徐に藍沢へ視線を移す。こんな状況を作り出した張本人だというのに、藍沢は前髪を手で掴みながら考えこんでいた。


『安心してください。誰もあなたを責めませんよ』


前髪から手を退かし、藍沢は嶋田にそう声をかけた。極めて柔らかく、優しく、不気味なほどに。
途端に、嶋田は大きく深呼吸をしながら安堵に満ちた表情をしていた。眉を寄せながら、それでも救われたような顔をしていた。
藍沢が黄瀬に合図を送り、黄瀬は慌ててスマホ画面を嶋田へ見せた。


『この中であなたと親しい人は?』
「……」


嶋田はチラっと黄瀬へ視線を向けるがすぐに逸らし、おずおずと言った様子で薄く唇を開いた。


「翔太…くん」


その名を聞いて黄瀬は「え、そうなの?」と初めて知ったような口ぶりをした。
藍沢は嶋田に近づき、耳打ちをする。それに対して嶋田もまた藍沢に小さな声で返事をしていた。そのやり取りを1分ほどしてから、嶋田はゆっくりとした足取りで廊下を戻って行った。
その背中を黄瀬と藍沢は見送る。


「藍沢さん、さっき何を話してたの?」


苗字を知りそれを用途しながら、訊いても無駄だと何故かわかっているのに、黄瀬は訊ねずにはいられなかった。
勿論藍沢は答えてはくれない。


『さて、帰るか』


藍沢は進路指導室のある教室へとくるりと進行方向を変えて歩き出そうとする。そんな藍沢に「え」と言葉に詰まったのは、当たり前だろう。


「ちょっ、待って!まだ解決してないじゃん」
『明日になれば犯人は動くから、明日の放課後になったらもう一度あそこに迎えに来て』
「え、なんで明日?迎えって」
『その前にコレ。渡しておく』


忘れていたと藍沢は立ち止まり、黄瀬の手を取りポケットから取り出したモノを握らせた。
掌に落とされたものに黄瀬はますます混乱を招く。


「なんでラムネ?!」
『健闘を祈る。さいなら』


黄瀬の疑問を藍沢は背中で聞いているにも関わらず、さようならとこの場から退いて行った。



主人公の口調が迷走中。普通に喋りたいのにまだその段階ではないので手探り。誰が黄色の人の私物盗んだのかわかったと思いますが、動機までわからない、と、思いたい……です。次は解決編なので宜しくお願いします。//2017




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