墓穴は常に君の後ろ




補修で毎回お世話になっている先生に、一年生の名簿を見せてもらった。
付き合いが長い分、俺に対してフレンドリーだ。いや、個人情報なのに見せていいのかも疑問だけれど。この際細かいことは気にしない!
この学年に藍沢という苗字はたった一人だけしかいなかった。だから見つけることは容易かった。


ーーー隔離教室か


海常高校は教室が多い。一年だけでも8クラスも存在する。
渡り廊下を隔てて校舎が二つある。6クラスは下駄箱から近い、謂わば表だとしたら。残りの2クラスしかない校舎は裏となる。つまり人づてに”隔離校舎”と呼ばれている教室の在籍者のようだ。
ある意味特殊な人種だと思った。出席番号1番、藍沢流。
これが彼女の名前か……るい?って読むのかな??
るいちゃん、何だか拍子抜けるほど可愛い名前だな。と肩から力が抜けた。
幼げで儚い印象が強く、怠惰的。かといって変人というよりは、礼儀正しく、俺の事を特別視もしない、変わり者。
あの子の目には一体何が映って見えるんだろう。何だか全て見透かされている気がして身震いがした。


「先生!この、藍沢さんって知ってるんスか?」
「知ってるも何も。嶺岸先生の目に入れても痛くない、寧ろ目に入れたい箱入り妹だろ」
「………え゛え」


薄っすらと鳥肌が戦慄した。


「どうした黄瀬。まさか…手を出したんじゃないだろうな…!?」
「いやいやいやッ!!? 出してない!出してない!! ただちょっとご教授をば…あ、今から迎えに行くんだった」


俺の死亡グラフ立ったのかな?
一気に肩に重荷が追加された気がする。宿題を再提出して鞄を肩に引っ掛け重い足取りでふらふらと立ち上がった。


「黄瀬……あんま遊ぶなよ」
「俺は遊び人じゃないっスよ!失礼しましたっ!!!」


大きな音をたてて扉を閉めて、半ば怒りながら廊下をドカドカと歩いた。
向うつま先は、進路相談室だ。
迎えに来いと言われて行くのだが……、何で俺って女性に命令されると行く性質なんだろうか。あ、いやいや女性じゃないな。俺に無いものを所持している人間に従う性質なんだろうか……黒子っちに似てるからかな?


「透明な感じが」


呟きは放課後の廊下に溶け込んだ。



◇◇◇




進路相談室の扉の前には小さな女の子が壁に背を預けて佇んでいた。
夜空色の髪をゆらゆらと揺らしながら、藤色の双眸を閉じて。


ーーーまあ…かわいいっちゃ可愛いのか


幼く儚げで脆い感じが、男心を擽られる。


「藍沢さん」


苗字で呼べば彼女は双眸をこちらへ向ける。ゆるりと潤う藤の瞳が幻想的だと思う。


『遅い。もう君が中々来ないから昨日の先輩たちに頼んで既に準備は済んだ』
「あー、えっと……ごめん、なさい?」


何で謝らないといけないのかな?
いや、確かに俺は今日。提出しなければならない宿題を通過儀礼のように忘れて再提出をするはめになり。先生につきっきりで教えて貰いながら提出を無事に済ませて迎えに来たから、確かに俺に非があるのだろう。いや、あるんだろうな。
ヘラっと笑いながら「ごめん」と再度口にする。
それにしても昨日のってことは森山先輩またこの子に逢いに来たのか、物好きだな先輩は。女の子なら誰でもいいんだろうけど、それにしても物好きだ。


『行こう』


スカートを翻し声をかけられる。中学生を相手にしているみたいで居た堪れないって言葉は喉に押し込んで、俺はこのちょっと強気な女の子の後ろを追いかけた。
歩幅が違うから俺の一歩が彼女の半歩になるようだ。隣りに並ぶとその差は歴然となるため、歩幅を狭めて彼女に合わせる。やはり、俺だって気になる。犯人が誰なのか。


「ねえ、やっぱり訊いちゃだめ?」
『……別に構わないけど、君は納得しないと思う』
「それってさ。俺の友人に犯人がいるってこと?」
『そうだよ』


彼女は悪びれもなく断言した。
だから俺は「やっぱり」と呟いた。
俺の態度に彼女の双眸が痛く突き刺さる気がして、その棘をはめたくなくて無理矢理笑った。


「なら犯人の顔を拝んでからにするよ」


◇◇◇



「お疲れ様でーす」
「黄瀬ェ!早くウォームアップしろ!!」
「すいまっせん!!」


更衣室から出れば笠松先輩の激昂が飛んでくる。普段通りに簡単なウォームアップをしながら練習に参加した。
海常高校のバスケ部といえば全国区で有名なだけあって、練習なんてものはきついという言葉を上回る。それについていくのがやっとな選手は脱落していくのが通過儀礼だ。


「10分休憩!」


今日はレギュラー陣は全体での練習だったため。笠松先輩の号令に倣い各々で休憩を取り始めたレギュラー陣たち。俺も例外なく更衣室へ行き、冷却スプレーをしてクールダウンをしなければならない。更衣室へ向おうとしたら声をかけられる。
「俺が取りに行くよ、ついでに」と快く進言し、彼は更衣室の扉をくぐる。その背中を俺はまるで他人事のように見つめていた。


「ああーー、しょーもなっ」


彼は戻ってくるなり俺に鎮痛剤と水を渡してくれる。
今日は痛覚にも影響を及ぼしたたと俺が溢したからだ。そして一錠受け取り、口に含んで水を流し込む。彼は見たことも無いような穏やかな笑みを浮かべていたのを横目に双眸を閉じた。


『人の物を盗むのは楽しかった? 小林翔太クン』



犯人を明らかにして……次が謎解きの答え合わせとなります。変な構成で申し訳ない。人物名を考えるのが一苦労ですね。いやーほんとっほんと。黄瀬くんがいつもみたいに「〜っスね」とか喋ってくれたらもう少し楽なんだけどな。普通の喋り方だと「誰だこいつ黄瀬くんいずこ?」ってなりますよね。書いている私も「黄色がフェードアウトした」と見失うという……脱線でした //2017




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