遡巻きコネクト




小林の肩を叩いたのは、藍沢だった。
口端を僅かに上げながら小林の顔を覗き込む。驚いた小林は数歩後退しながら、その視界には黄瀬の姿を映していた。


「何を言っているんだい、藍沢さん」


小林は微動だにせず、極めて平静に藍沢と向き合った。


「俺は黄瀬に了承を得て取りに行ったんだよ?」
『……一連の犯行は全て同一人物であり。部活内部にいるものと断定できる』


小林の言葉を無視して藍沢は彼の眼前に指を順に立て始める。


『根拠は、部室であること。黄瀬くんと同世代で親しい間柄であること。他人に観られても怪しまれないこと』


三本指を立てて、仮説を始めた。


『バスケ部でない部外者が部室に入ることは不可能。部室に辿り着く前に多数のバスケ部員に目撃されるため内部犯であることがわかる。次にロッカーにはネームプレイとがあるため探すのは難しくないが、黄瀬くんのロッカー内は整理整頓がされている。親しくない間柄の人間がいつ誰が入ってくるかも予測できない状況で的確に必需品が入っているバックを探し当て、その中から冷却スプレーや湿布を盗むなど、不可能に等しい。見つかれば怪しまれる』
「た、たしかに……」


黄瀬が後ろで納得していたが、片や小林は身体の横に下げた掌を握り締め拳を作っている。その拳に力が込められて震えているのがわかる。だが、彼の視線は藍沢を観ながらも時折黄瀬へ視線を投げていた。


『必需品のバックの中には処方箋が入っていた。レギュラー陣の人には見られたくないと思うのが普通だし。先輩に自身のロッカーから物を取ってこさせる無神経な後輩はまずいない。よって同学年だと推察できる』
「なるほど……、確かにロッカーを漁る奴が居れば怪しい。それも親しくも無い相手なら尚更。いつ誰が入ってくるか予想もつかない現場でそんなハイリスクは背負わない狡猾な犯人だと、君は言いたいんだね」


小林はおどける素振りを見せながら、的確に理解していた。自身が疑われているというのに、承知していながら敢えて話しに乗ってきた。


「でも、ネームプレートがあるロッカーをそんな毎度毎度間違える奴なんているのかな?そんな奴が居たら、俺なら疑わしいと思って記憶してるけどね。例えば田中が言ってた郡山先輩とかのパターン」
『確かにネームプレートを見ればわかる。…でも、見ても間違えたら?』
「はあ?何を言ってるんだい?まさか漢字が読めない馬鹿でもあるまいし…」
『”同じ苗字”だよ』
「!」
『バスケ部には同じ苗字が三人いたね。”小林”くん。見分けがつかないから苗字の後に名前の頭文字を入れてプレートにしていたようだが、それでも”小林”の苗字の三人は頻繁に間違えていたとしたら、この犯行が君だと言える。何故ならこのロッカーは空いたら所から埋めていく方式。だから学年ごとにはなっていない。田中くんが言っていたね?”間違える人はいるよ”と、これは小林という苗字をもつ三人が頻繁に間違えていたと立証されている。他にも目撃者多数ときているし、当人の他小林二人にも聞いて確認も取ってある』
「そ、それが何だと言うんだ!小林同士が間違えることはあったけど。黄瀬と間違えることはないだろう!それに、俺が怪しいなら他の小林先輩ら二人だって容疑者の候補になるだろうが!」


焦燥しきった小林の瞳に血走りが浮かぶ。鋭い眼光が藍沢を映すが、彼女は冷静な態度で小林を見ていた。


『言っただろう。同学年で親しい間柄の人間だと』
「!」
『黄瀬くんは小林先輩らとはどういう関係だ?』
「小林先輩たちとは、特別仲がいいというわけじゃないし、そもそもあんま喋ったことない」
『それから、君なら黄瀬くんのロッカーを間違えて開けたと言っても周囲は怪しまない。何故なら君のロッカーは黄瀬くんと真向かいだろ?』
「!」
『人は自分の周囲は把握していても、それ以外はおぼろげにしか位置は把握していない。だから周囲はどちらか一人がロッカーを開けていたら、そこがその人物のロッカーなのだと認知する。結論、黄瀬くんと真向かいのロッカーの持ち主で、それをうっかり間違える”小林”のうちの一人で、黄瀬くんと同学年の親しい間柄の人物……とは、小林翔太、君しかいない』


全てを見透かした藤色の双眸が、小林を見抜く。小林は唇を震わせながら、それでも彼は黄瀬くんを横目に一瞥してから、歯を食いしばった。


「でも、それは状況証拠だろ?俺がやったっていう確実な証拠がない以上、机上の空論にすぎない!」


どうだ! と何処か勝ち誇った様子で笑みを浮かべている小林に、藍沢は小さく息をついて首を左右に振った。


『どうしたんだい、小林くん。さっきから気も漫ろに黄瀬くんのことばかり気にしていて……眠らないのがそんなに不思議なのかな?』
「なっ、んで……」


驚愕しきった顔をして小林の瞳が上下左右に忙しく動き回る。黄瀬が一歩前に出てポケットから取り出した。


「さっき小林から受け取った鎮痛剤はここだよ。飲む前にすり替えたんだ……俺が飲んだのはラムネ」
『飲んでごらんよ。これが鎮痛剤と言うのなら君が飲んで証明して見せてくれ』


藍沢はその鎮痛剤と思わしき物を取り小林に向けて手渡す。水も同時に突き出すと小林はその錠剤を受け取るなり床に叩きつけて踏み潰した。


「往生際が悪くない?小林」


黄瀬が鋭く小林を睨みつける。けれど小林はおどけた様子で答えた。


「手が滑っただけだよ」


そんな小林の肩を両側から掴んだ笠松と森山がいた。笠松の手には何かの錠剤の小瓶が握られている。


「これって睡眠薬なんだってな。練習中に眠気誘って事故でも起こしたかったのか、小林」
「ぶ、部長、違いますよっ。俺は何もしてません!」
「冷静だな、かっこいいわ。じゃあ、はいコレ俺からの餞別」


森山が携帯端末を操作し、画面を小林に向ける。そこに映し出されたのは動画だった。小林が黄瀬のロッカーから薬が入っているバックを取り出し、鎮痛剤と睡眠薬の錠剤を掏り替えていた。
有無を言わせぬ証拠に小林の喉が大きく鳴った。


『小林くん。君が望んだ証拠だよ』


もう言い逃れは出来ないのだと悟った小林は、その場に膝から崩れて床に座りこんだ。事情を訊きたくても訊ける様子ではない小林の憔悴しきった表情に、黄瀬はただかける言葉を彷徨わせた。


「顧問にこのことは伝える、いいな小林」


笠松だけは部長としての立場で小林の肩を叩いた。事件を解き終えた藍沢は黄瀬に渡していたラムネを口に放り込みながら、事の行く末を眺めていた。


一際賑わせた黄瀬涼太の盗難事件は、これにて幕を閉じた―――。



真相…どこ!!?何で小林が黄瀬のもの盗んだの!窃盗犯から真相きけやあああああ!!!と、あらぶっていることでしょう(そうだと嬉しいのでそう思うことにした)ええ、そうです。真相は次回です← なんでこんなに引っ張るの?と問われると答えはひとつです「私が駄文発明者だからです」。はい、真実はたったひとつ。次回真相で、こちらの「遡巻きコネクト」事件は終了ですよー //2017




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