ほんじつわたしはしにました

腕を引かれている間、私は頭の中でずっと呪いの言葉を呟いていた。
こんな男がなんで売れっ子なんだ。みんなに慕われている意味がわからない。こいつが人気者なら私だってアイドルみたいになってもいいもんだ。
だけど私はいつまで経ってもお払い箱で鉄砲玉。盾にはちょうどいい人材です。
ブツブツと呪詛を呟いているとすぐに自分の部屋まできた。変に静かなその部屋に山田は遠慮なく入り込み、座る。くつろぐ気満々である。

「ここなら、まあ話を聞こうじゃないか」

曲者はいるようだが。と目線は天井裏に。
さすがに気づくようだ。私は気配こそ分からないけどずっといるもんだと思っている。見張りの子。今日は隈くんだろうか。

「死ぬところだったんだよ」
「死んでないじゃないか」
「なんか見逃してくれて、その後仲間が迎えに来た」
「だろうな」

裏も表もないような顔で笑う。それも気に食わなくて目ん玉に根性焼きでもいれさせたいところだが、敵うわけがないので踏みとどまった。

「あなたは人の良心につけこむのがうますぎる」
「はあ?」
「確かに私はツキヨタケ城城主の命令であなたを敵陣のど真ん中に投げ込み捨て置いた。しかしあなたの仲間は心配なぞしてなかった」
「まあ、私みたいなやついない方がいいだろうよ」
「違う。あなたが死なないと分かっているからだ」

現に今も忍術学園に生かされてる。
よほどの確信があるのか、言い切った山田を見て変な気持ちになった。
でも私はどうせ近々死ぬんだし。あんたの言ってること間違ってるし。いっつもすぐ迎えに来てくれていたのに、迎えに来てくれないし。
適当言いやがって。綺麗な顔にツバでも吐きかけたろか。
自分でも醜いほどのしかめっ面をしていただろう。山田は私の顔を見て嘲笑し、せっかくそこそこの顔をしているのに、と私の頬に手を伸ばした。

「え」

途端、視界がゆれダンと音と共に背中に痛みが走る。
押し倒された、とでも言っておこう。

「あなたみたいな人が忍として仕事をしていたのが奇跡みたいですよ」
「なに、これ」
「ツキヨタケ城、城主の命に従い、あなたを始末します」

小刀が、私の首にあてがわれている。ああ。と私は案外冷静だった。
この山田は何度かうちの城でも雇っていて、ツキヨタケ城の内情については詳しい。それでいて信頼もできる忍者だ。
私も何度か一緒に仕事をし、足を引っ張ったり囮に使われたりしたものだ。
私を敵陣に投下して囮にするやり方は山田が最初に行った。いくら山田の判断ではないとは故、相当怖かった私は山田を恨むしかなかった。

「やだ」
「と言われても、私も仕事なのだ」
「うるせえどけ」
「惚れた相手に殺されるのは嫌か」

バチン!
自分でも褒めたいくらいの瞬発力だった。思い切り山田の綺麗な顔を叩いて、私の手のひらは熱をおびる。

「いいいいつの話をしてるの!」
「…私も悲しいさ。抱いた女を殺すのは」

カッと頭に血がのぼり、暴れてクソ野郎から抜け出そうとするけれど力が強く、動けない。
なんだこいつなんだこいつなんだこいつ。
怒りで涙が溢れ、それはどんどん頬を濡らしていった。
こんなやつに殺されるなんて。なんたる無念。絶対に殺されたくない。
助けて。助けて。と何度頭で叫んでも、なぜか声に出すことは出来なかった。

「待ってもらえませんか」

スパンと勢いよく襖が開く。その声の主はずかずかと部屋に入り込みが私の腕を掴むと、私をいとも簡単に解放してくれた。

「は、鉢屋くん」
「こいつは今忍術学園のものです。今は採用試験中で、勝手に殺されるのは困ります」
「なるほど」

山田はあっさりと引き下がった。まるでこれを予想していたみたいだった。
刀をしまい、「君も同じ意見かな?」と天井をあおぎ言った。
少し躊躇った後、静かに天井から出てきたのはあの隈の子で、「学園長先生が決めたことですので」となんだかバツの悪そうに答えていた。
山田はどこか満足気な顔をしていた。

「夜子は死んだ」
「死んでない!」
「死んだ。忍術学園に殺された。そう伝えておく」
「へ」

ではまた会おう。と山田は爽やかに部屋を出て行った。
何が何だかわからず、呆然としていると私の腕を掴んだままの鉢屋くんがそのまま腕をひねってきた。

「ちょ、痛い痛い痛い!」
「助けてやったんだ。礼くらい言えないのか」
「ああああありがとうございました痛い痛い」
「鉢屋勘違いするな。利吉さんは恐らく」
「分かってますよ。潮江先輩」

隈の子は、潮江くんというのか。鉢屋くんから解放された私は潮江くんにもお礼を言った。くだらんという感じで無視された。

「にしても、利吉さんと関係があったとはな」
「片思いだったんだろ」
「な、なぜそれを!」

にやぁと嫌な笑顔の鉢屋くんに、土産話ができたと頷く潮江くん。
あ、これ、学園中に広まるやつだ。
でもまあ、いいか。死ななかったのだから。
本当に殺されるのだと思ったけど、なぜか生きている。実際そんな状況には少し慣れていて、
私はいつものように、ほっと胸をなでおろした。



(本日わたしは死にました)
いや生きてるんだけどね