じんといたむあかいくちびる

「各学級に自己紹介??」

放課後、のんきにイビキをかいて昼寝をしていたら土井先生がご丁寧に私の部屋をたずねてきた。
昼寝中の女子の部屋に一体何の用だと寝ぼけながら叫んでしまった。私はまたまたすっかり彼の用事を忘れていたのだ。

「学園長先生が、もっと生徒と関わるようにと」

明日から一限ごとに各学級をまわり、自己紹介がてら授業でも見学しろと、大川平次渦正は土井先生に言伝をしたようだ。
なんてこったい、どさくさに紛れて殺されでもしたらどうするのか。考えただけでも恐ろしいじゃないか!

「そんなの嫌だ!!」
「好機じゃないですか。皆に認めてもらう」
「私を認めてもないやつに言われても…」
「……。」

ケッと悪態をつけば、彼はまるで私を憐れむような顔をした。どことなく、私を軽蔑しているようにも見える。
黙っているから何か声をかけようかと口を開いたところで、土井先生はようやく口を動かした。

「やる気がないのなら結構だ。しかし学園長先生が決めたこと。今、あなたはここで暮らす権利があり、私たちにはあなたを守る義務がある。その私たちの労力を無駄にすると言うのなら」

邪魔だからでていってくれないか。
とてもはっきりとした物言いで、瞳は真っ直ぐ私をとらえている。
なんという。
なんという正論。
こいつぁ紛うことなき教師じゃないか。どこに出しても恥ずかしくないぞ。
反論しようにも言っていることが正しすぎて何も言い返せない。不甲斐ないからか、目頭がじんわりと熱くなってきた。

「なっ、なにも泣かなくとも…」
「…、決めました……、」
「は、はい?」
「私あなたになら殺されてもいい!!」
「なっ、ええ!!?」

くそ山田とかクソガキ共に殺されるのは癪だがこんな真面目な男前の先生に殺されるのは悪くなかろう!
そもそも私は面食いなんだ!本望だ!
勢いに任せてガバリと土井先生に抱きつく。そしたら待ってましたと言わんばかりに勢いよく襖が開いた。

「だから1年にあばずれとか言われるんだろ」

私のことをバカにした喋り方はよく聞いた声だ。
抱きついてきた不埒な女を跳ね除けることもできない優しい土井先生ごしに部屋の入口に立つそいつを見やる。

「てめえまだいやがったのか」
「いたら悪いのか?」

にやりとクソみたいな笑顔の山田利吉。しかもそいつは土足のまま私の部屋に上がり込むと物凄い力で私を土井先生から引き剥がした。

「り、利吉くん……」
「すみません土井先生。さぞかし不快だったでしょう」
「お前は私の保護者か」

私は山田に首元を持たれたまま半宙ずりになっていた。その持ち方は着物がはだけるので本当にやめて頂きたいのだが、性格のクソみたいな山田に言ったところでやめてはくれないだろう。
土井先生は苦笑いを浮かべながら「で、では明日一年は組でお待ちしてますので」とそそくさと部屋を出ていってしまった。ああ、私の癒しが。

「山田…てめえマジで殺してやる…」
「昨日から気になっていたんだが、夜子。もう私のことは名前で呼んでくれないのか?」
「喉が腐る」
「…悪い口だな」

刹那、山田の顔が物凄く近づいてきて、山田の唇が、私の唇に触れた。
理解できる時間もなく、私の脳を突き抜けたのは、痛みだ。

「アッッいっっでええええ!!!」
「ハハハ!相変わらず痛みに弱いな。ではまた会おう」

唇を噛み切られたと理解出来たのは山田が部屋から出ていった後だった。
思い切り噛まれた為に口内にじんわりと血の味が広がり、波打つような痛みは中々止まらない。
やっと血が出なくなったと思えば、鏡を見たら私のキュートな下唇は思いっきり腫れていた。
その状態で食堂に行くとちょうど五年生がいて、勘ちゃんに大笑いされた。

私はどこか、上の空。
もちろん5年生には気付かれている。



(じんと痛む赤い唇)