「初めまして、ミョウジナマエです」
「アシリパだ。よろしく、ナマエ!」
ぎゅ、と手が握られる。岩息とスヴェトラーナの二人が大陸に進み出すのを皆で見送ったあと、私たちは杉元に見守られて初めましての挨拶をしていた。初手から呼び捨てで呼ばれることにちょっと興奮する。私も呼び捨てで呼んで距離詰めていいってことだよね……?
「杉元から話を聞いていたよ。よろしくね、アシリパ」
「ああ! ナマエの話もこれからたくさん聞かせてくれ!」
「っていってもアシリパさん、ナマエさんは記憶喪失だから少し世間知らずな部分もあるみたいよ」
「そうだったのか……!」
杉元が補足する。記憶喪失の設定、役に立ってるのか立ってないのかわかんないな。アシリパからは大変だな、と慰められてしまった。傍から見れば確かにそうなのかも。記憶喪失になったかと思えばアシリパ奪還作戦強制参加だもんな。ハードモードにも程がある。
「ナマエさん、白石とも挨拶しとく?」
「あ、うん。どこに居てるの?」
「多分その辺に……あ、いたいた」
「白石には挨拶しなくていいぞ、ナマエ」
アシリパ、辛辣だなあ。身内ノリみたいで楽しそう。私にはそんなことできる相手はここにいないし。ワンチャン少尉相手だったらできなくもないか?いやこれで引かれたらいよいよ立つ瀬がなくなってしまう。余計なチャレンジは辞めておこう。
杉元が呼んでくれたお陰で白石由竹とも初めましてのご挨拶ができた。
「ミョウジナマエです。よろしくね、白石」
「ピュウ! 若い女の子がいるなぁと思ってたんだよね! 一途で情熱的な男、と書いて白石由竹と読みます。よろしくね、ナマエちゃん」
「白石。ナマエさんは鯉登少尉が唾つけてるからやめときな、痛い目見るぞ」
「唾て」
わかりやすく項垂れる白石に、女の子だったら誰でもいいの?と聞くとハッとした顔で私を見た。距離を詰められて両手で私の手を握り込まれる。
「そんなことない……! 俺の心は今この瞬間からナマエちゃんだけのモノだ……!!」
「都合のいいヤツめ」
「ナマエ、こいつは女郎屋の通いすぎでチンポが汚い。絶対にやめておけ」
「ワ……」
「ナマエさんが見たことない顔でドン引きしてる……」
握られていた手を剥がした。クーンと泣き真似を始めるが泣きたいのは割とこちらの方である。しかも女郎屋、いわば風俗通いであることを否定していないのも良くない。マジで行ってるしそれも周知の事実なんだな……。まあ元気を出して欲しい。これほど人とコミュニケーションを取れる力があれば結婚くらいできるだろう。女郎通いを許してくれる心の広い女性とくっついてくれ。
「アシリパさん、あれ何やってんのかな?」
やんわり白石と距離を取りつつ四人で話していると、不意に杉元がニヴフの子供たちが何か布のような、皮のようなものを叩いて伸ばしている。たしかにあれは何をしているのだろうか。
「魚の皮をナメしてる。あれは子供の仕事と決まってるそうだ。あっちもやってる」
「ほんとだ」
「へえ、魚の皮」
「こっちの人たちは北海道のアイヌより靴や服やカバンまで魚の皮をたくさん使ってるから、いっぱい必要なんだろうな」
興味本位で杉元が魚の皮で作られたらしい帽子を被っている。似合う似合うとアシリパに囃され、呑気に笑っていた。なんだかんだ、杉元のこういう表情はあまり見てこなかったな。どこまで行っても彼と私たちはビジネスパートナーのようなものなんだろう。ビジネス関係になれるほど私は杉元に何かを提供できる訳でも無いのだが。
二人の掛け合いを眺めていると、帽子を外した杉元がこちらに一歩二歩、歩みを進める。いたずらっ子みたいにわらった。
「はは、ほら、ナマエさんも」
「あ、え」
「いいねナマエちゃん!」
「よく似合ってるぞ、ナマエ!」
「ナマエさんも若いんだから。遠慮せず楽しまないと」
思わずぎゅっと帽子を握って、目深に被ってしまう。ここにきて久しぶりに受けた年相応の扱いになんだか照れてしまう。今までの旅は良くも悪くもずっとずっと対等で居てくれたから。それを黙って見ていないのが杉元である。ツンツンと頬をつつかれた。ええい鬱陶しい!!私に触るな!!
帽子はニヴフの子供たちに返して、そのままアシリパに手を引かれながらトラフにお邪魔する。ここ、ニヴフ民族の伝統料理には魚の皮を使ったものがあり、それを今作ってくれているそうだ。魚の皮を煮込んでこねて潰して、コケモモとかガンコウランを混ぜてアザラシの油で味付けした後に外で冷やし固めると完成。この冬にしか食べられないお菓子は『モス』と言うらしい。コケモモとガンコウランも知らないし、アザラシの油を食べる文化も知らないけどもう慣れてしまった。
「寒天みたいで美味しいよ」
「んん、生臭さが無くて香ばしいね」
美味しい美味しいと食べる私たち。心做しか少尉がご機嫌である。もすもす、と呟いてはうふふと笑っている。
「ごきげんですね、鯉登少尉殿」
「父上を思い出した。アシリパを奪還して、先遣隊としていい結果を出せた。それを父上に報告できるのが嬉しい……」
ふうん、と他人事みたいに見ていた。誇らしく思ってくださるはずだ、鶴見中尉殿もさぞかし喜ばれるでしょう、と軍曹が述べる。それに感激したらしい少尉は手に持っていたモスをあろうことか軍曹の顔面にそのまま乗せた。
「……」
「ああっ、軍曹! 可哀想に!」
食べ終わった私の器に軍曹の顔に乗ってるモスを移し替えて一口ずつ分けてあげる。感謝されたのち、軍曹は『ぬるい……』と呟いた。そりゃ顔面に乗ればぬるくもなると思うよ。もちゃもちゃゴックン、もちゃもちゃゴックン、と次から次へと親鳥と雛鳥のように食べさせていると背後から少尉が声を掛けてきた。
「よかったな月島。ナマエからのアーンだぞ」
「そんなの誰も喜ばないよ。はいアーン」
「……。鯉登少尉殿にもしてやったらどうだ、ナマエ」
「ふふ、少尉。アーンして」
「キエ……」
緊張したような面持ちで口を少しだけ開ける。なんか表情が硬いな。和ませるために『よかったね少尉、軍曹と関節キッスだよ』とふざけて言うと、少尉は咀嚼しながらもキッス……?と神妙な顔で考えた後、山田曲馬団で学んだ投げキッスを思い出したのか顔を引き攣らせていた。軍曹に大変失礼である。