硝子の瞳が

春霞




 場所は変わって、私たちは豊原に来ていた。そう、曲馬団にお世話になった、あの豊原である。静香を出た私たちだが、ここに来るまでも実に様々なイベントが起きていた。ロシア人のスナイパーに白石の脚が撃たれたり、燈台で暮らすご夫婦にスヴェトラーナの手紙を届けたり。白石の脚を撃ったロシア人は静香に置いてきたはずなのに何故かここまで着いてきており、何食わぬ顔で隣に立っている。なんでこうなった?

 今はシネマトグラフという撮影した動画を壁に写す、言わばプロジェクターのようなものをみんなで鑑賞している。撮影技師だという男二人、稲葉とジュレールを杉元とアシリパが拾ってきたのだ。なんでこう、日常が濃いんだろうな。この人たちは。

「うわー動いてる!」
「写真が踊ってる!」

 エノノカとチカパシ、大興奮である。それぞれに好きに感想を言い合って騒いでいると、杉元がさっきの映像は見られないのかと撮影技師、稲葉に尋ねた。さっきも何か動画を撮ってもらったらしい。稲葉はすぐに了承して動画を流す準備をしてくれた。程なくしてそこに映ったのはアシリパで、何やらカメラワークが大層荒ぶっている。一体何が映したくて杉元はこんなものを見せろとせがんだんだ、と思ったのも束の間。次の瞬間、衝撃的なものが映り込んだ。

「……うわあ!?!?」
「おいナマエ、大丈夫か?」

 あまりの衝撃と恐怖に、ぐてん!と椅子ごと後ろに倒れかけたところを、背もたれを掴んだ少尉のおかげでなんとか怪我を防いだ。ぱちり。少尉と目が合う。少尉が後ろに立ってて本当に良かった。安堵からかなんなのか、涙のひとつでも出てきそうである。

「……全く、なんて顔をしているんだ」
「や、だって、なんでクズリがいるの……」
「ナマエさん、そんなに驚くことかい?」
「ああ、杉元は知らないのか。お前が岩息と戦ってる時、ナマエとチカパシがクズリに襲われたんだ」
「あっそうなんだ……」

 黒い獣。動画に映っていたのは、こちらに猛突進してくるクズリであった。この旅に加わった次の日の夜、クズリを倒すためチカパシと二人で小銃を向けた時の光景が脳内のスクリーンにバカでかく浮かぶ。あの時はアドレナリンドバドバだったおかげで何とかなったが、こんな不意打ちでお出しされると話は別である。クズリを華麗に倒し、脳みそを杉元に食わせているアシリパの映像を見ながらえげつない速度で叩き鳴らす鼓動をおさめるように深呼吸をした。

「アイヌの昔話を動きで見せて活動写真に残そう!」
「芝居をやってそれを撮影するってこと?」

 まだ私が少尉に背中をさすられている間、アイヌの昔話をこれで動画に残す話が進んでいく。面白くなるかわからないものに時間を割いてられないという稲葉を杉元がちょこっとだけ脅して、結局撮影される方針で進んだらしい。機材をまとめた稲葉を筆頭に、ぞろぞろとみんなが建物から出ていく。

「私たちも行くぞ、ナマエ」
「……外に?」
「? なにを当たり前のことを言っているんだ」

 ふう、と呆れ混じりに溜め息をつく少尉。やや間があいて、まさか、と頬を引き攣らせた。そのまさかである。

「……まさか、あれで腰が抜けたなどとは言うまいな?」
「まあ、いや……うん」

 そんなこんなで撮影が始まった!アシリパによると、まず撮影するのはパナンペ・ペナンペ物語というものらしい!パナンペは川上の者、ペナンペは川下の者という意味で、いつもなにかで大儲けするパナンペを羨んだペナンペが真似をしてみるも、クズなので失敗する話がほとんどのアイヌの昔話のシリーズなのだそう。アイヌ文化を残したくて撮影するらしいが、話のチョイスは本当にこれでいいのか。

「ほら座れ、ナマエ!」
「はいはい。もう大丈夫だよ少尉、ありがとうね」
「ナマエは本当に出ないつもりなのか?」
「うん」

 バーベキューで使うような簡易的な椅子をアシリパが叩く。腰が抜けたため少尉に抱き抱えられる形で雪山に登場した私を哀れに思ったらしいアシリパは、早速私を役者から免除してくれた。私が撮影に参加しないことを少尉は大層残念がっていたが、そのおかげで軍曹の女装姿を見られたので良かったのではないだろうか。かなりおもしろいぞ、あれ。少女団での衣装同様、かなり、その。ウフフ、似合っている。

 演劇サークルのような緩い雰囲気で進んでいくのかと思っていたが、意外にもみんな演技に熱が入っている。鬼監督、アシリパにお叱りを受けながらも杉元と少尉は真摯に受け止めていた。ちゃんと反省していそうなのが面白い。アシリパいわく、声が入らないからこそ表情が大切なのだとか。まあたしかにそうだが、これはちょっとオーバーな演技じゃないか?何もしていない私が口を挟むと炎上しそうなので黙っておくけど。

「うふふ、どうだナマエ。私の着物姿は」
「なんか似合っちゃってんのが面白いよね、私のお嫁さんにしたいくらいかも」
「……」
「いや、なんで照れてんのよ」
「……。ナマエは月島にも、同じことを言うのか……?」
「言うかァ! はよ撮影に戻れ!」

 面倒臭い彼女みたいなこと言いやがって!もじもじし始めたかと思えばこれである。曲馬団の時も思ったが、彼は演者に向いてるんじゃないだろうか。役の入り方が凄まじい。これが憑依型と呼ばれるやつか、いや違うだろうな。

 お次の話の題材は斑文鳥(ケソラプ)の身の上話というもの。三人の兄弟がメインのお話で、主役がチカパシ。主役大抜擢おめでとう!そして大きい兄が谷垣、小さい兄が杉元である。三人で遠くまで狩りに出ると家があって、家には娘が三人いたためみんなで食事をし、謡ったそうだ。その娘役がエノノカ、少尉、軍曹。少尉も軍曹も出突っ張りだな。すると怪しい男、白石が入ってきたため殴ると、それは大きな熊が人間に化けたものだった。白石が熊の毛皮のようなものを被っているが、たぶんあれ今朝アシリパと杉元が倒したクズリの毛皮だと思う。やだぁ。
 話の続きだが、この家には子供が女だけだったため熊の肉は大層喜ばれ、娘たちはとても感謝した。それから兄弟は長い旅に出掛け、また娘たちの家に寄ると父親が娘たちを嫁に貰ってくれと言う。チカパシはその家の息子となってたくさん働き、幸せに暮らした。めでたしめでたし。

「へぇ。いい話じゃん」
「フフフ、ここからが大切なんだ」
「あそうなの?」

 アシリパが得意気に笑うのを見るに、まだめでたしでは無いらしい。引けェ!上げろ上げろ!と杉元、白石の声が聞こえたかと思えば、谷垣がプラプラ宙に浮かんでいく。縄を木の枝に引っ掛けて谷垣を宙吊りにしているらしい。なんと、大きい兄は、自分は実は人間ではなくケソラプという鳥のカムイだったと明かすのだ。なんか昔話っぽくなってきたな。ここでタイトル回収されるのね。

「おいチカパシなんだそのポカンとした顔はッ! そんな芝居じゃ伝わらない! そんな表情じゃ何も伝わらないだろ!」
「……」
「この場面はな、身寄りのない主人公を保護して旅へ連れて行き、立派な男に育て新しい家族まで持たせてくれた……そんな人との永遠の別れの場面なんだぞ!」

 ちょっとチカパシには難しいんじゃないかな、と撮影現場に目を向けてみるとチカパシはハッとしたような顔をしていて、徐々に瞳に膜が張っていく。それが弾けるまでそう時間はかからず、ぼろぼろと透き通る雫が重力に従って雪に落ちる。綺麗だ。

「……あ、」

 ダメかも。なんか、チカパシのことが好きすぎたのか感情移入してしまったのか分からないが、ちょっと涙出てきそう。そうやって固唾を飲んで見守っていると、突如としてギチギチと何かが裂けるような音が響いた。不思議に思って音の出処であろう場所、谷垣を眺めると、大きな音を立てて谷垣が落ちる。簡易的なケソラプの衣装は谷垣の体重に耐えられなかったらしい。これ、撮り直しか……?とアシリパを見ると、わなわな震えている。

「……」
「最高だ!!! 今の撮れたか!?」

 あ、良いんだ。監督的には大満足らしい。
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