「フッフッフ……このおれを待たせようとはな」


 海軍本部の噴水の前、桃色の羽コートを来た男が独り言を呟いては笑っていた。
 傍から見れば怪しいことこの上無いが、周りを歩く人影はない。
 王下七武海の一人である男に、好んで寄り付こうとするものはいなかった。

 急な七武海招集はまだ耳に新しい。
 いつもは聞く耳を持たないドフラミンゴだが、気まぐれに聖地マリージョアに赴き、そこで再会した彼女。それだけでも来た甲斐というものがあったが、ドレスローザへと招待すると言えば珍しく着いてくると言う。

 大将連中と話があるからと現在ここで待たされているわけだが、それすらもドフラミンゴは愉快だった。
 自分に命令できる女など、彼女くらいなのだ。


 羽を揺らして笑っていると、コツコツ、と緩やかに石畳を蹴るブーツの音が近付いてきた。
 ドフラミンゴはちらりと横目でその姿を見止め、顔を上げた。


「鷹の目か。お前がこんなとこにいるなんて、珍しいじゃねぇか」
「彼女がここに来ると聞いてな」


 ぴく、とドフラミンゴの眉間に一筋の皺が寄る。
 この自分以上に何者にも左右されることを嫌う男が、わざわざ海軍本部まで足を運ばせるような女。それは間違いなく今自分が待っている彼女のことだ。


「そうかい、そりゃ残念だな。あいつは今からおれとドレスローザへバカンスだ」
「また貴様が勝手に言っているだけだろう」
「おれがいつそんな事をしたよ。ちゃんとあいつから行きたいと言ったぜ」


 ミホークが眉一つ動かさずドフラミンゴを見据える。
 しかししばらくすると、徐ろにその右手は背にある黒刃へと添えられた。


「なら貴様を倒し、彼女を我が城へと招待することにしよう」
「フッフッフ!お前もバカなやつだ鷹の目!」



***



「はいはい、確かに。この後は?飯でも行くかい」
「ううん、これからドフラミンゴと一緒にドレスローザまで行くの」


 アイマスクを額につけたままのクザンに紙束を渡した女は、さらりとクザンの誘いを断り微笑んだ。
 それもいつもの事であるため、クザンは軽く頭を掻いただけだった。


「海軍につく気はまだ無い?」
「あら、今の状態が結構どちらにも役に立ってると思ってるけど?」
「まぁそう言われちゃぁ言い返せないんだけどね」


 これもいつもの事。
 海軍に出入りし、名のある海賊達とも対等に渡り合える彼女を、ただのコウモリだと言うものはいない。
 クザンは苦笑して、彼女の頭をぽんぽんと撫でると、窓の外に親指を差した。


「で、あれはまたキミのせいかな?」
「え?あ、あれ。ミホークとドフラミンゴ……」
「流石に本部で王下七武海同士が睨み合ってるのは迷惑なんだけどなぁ」
「止めてくるわ。ありがとうクザン」


 今日の空は快晴で雲一つない。
 開け放たれた窓からふわりと風が舞ったと思うと、彼女はもうそこにはいなかった。

 




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