寒い冬島。雪が絶え間なく空から降り注ぎ、あっという間に潜水艦も雪化粧。船内も寒くなり、掃除をする手もかじかんだ。


「あ、おかえりなさい。掃除しちゃってますよ」
「……おう」


 ドアを開けた船長と目があったから、普通に挨拶をしたつもりだった。
 しかし船長はちょっと固まって、それから短く返事をした。

 何かあったのかと首を傾げるが、それ以上は何も言わず、コートについた雪を払って脱ぎ、持っていた鬼哭と分厚い本を置いてベッドに腰を下ろした。


「どうかしたんですか?」
「……」
「船長?」


 近寄り、彼の顔を覗き込む。すると急に手が伸びてきたかと思うと、そのまま抱き寄せられ、ベッドに一緒に倒れこんだ。


「、船長?」
「もう一回」
「はい?」
「もう一回言え」


 私の胸に顔を埋めた船長が、そうつぶやく。今まで外にいた船長の身体はとても冷たい。
 倒れた弾みに帽子が脱げたのか、黒髪が目前にあり、彼の顔は見えなかった。
 そっとその髪に触れる。何も言わない。


「……えっと、どうかしたんですか?」
「違う」
「ええっと……掃除、してちゃ拙かったですか?」
「……」


 後何か言ったっけ?
 特に変わったことを言ったつもりは無かった。けれど、後思い当たることがあるとすれば……。


「おかえり、なさい……?」
「ん」


 どうやら当たった様で、船長は少し力を入れて私を抱きしめた。
 どうしたのだろう、おかえり、なんていつも言っている言葉だし、私だけじゃなく、クルーみんなもよく使う言葉だ。


「何かあったんですか?船長」
「何もねぇよ」
「……子供みたいですよ?」
「悪いか」
「いいえ」


 許されるようだから、そっと髪を撫でてみた。
 何かあったのかもしれない、そうじゃないのかもしれないけれど。
 甘えてくれているのなら、ちょっと嬉しい。


「おかえりくらい、いつでも言ってあげますよ」


 私はいつでも、船長が帰ってくるのを待っていますよ。

 




[ prev ] [ book ] [ next ]
[ Rocca ]