あと一時間もしない内に、この地は戦禍に呑み込まれるだろう。
 それを知って尚、私はいつもと同じように紅茶をポットから注ぎ入れる。

 この世に生を受けてはいけなかったと言われる"子供"を、処刑するために巻き起こされる嵐。
 私も今目の前にいる呑気な顔をした男も、その戦争に身を投じる。



「どうぞ。お砂糖、無しで良いんですか?」
「うん、たまにはね。ありがとう」



 いつもと変わりない様子でティーカップを受け取った大将青キジ。この様子だけ見ていれば、なんて穏やかな時間だろう。

 いつもと違うことと言えば、空を飛ぶ鳥たちがいないこと。賑やかな街の喧騒がしないこと。その替わりとでもいうように、海に軍艦がひしめいていること。



「レキちゃんも避難していいんだよ?」
「いえ、大将補佐の私が逃げるわけにはいきません。ガープ中将に同行させて頂きます」
「相変わらず堅いねぇ……でも無理しなさんな。ほんとは俺が守ってあげたいけど、多分俺と一緒の方が今回は危ない」



 青キジは他の二人の大将と共に、処刑台のすぐ下に待機することになっている。近くにいれば足手まといになるだろうと思い、配置の相談を元帥にすれば、ガープ中将と共にいるように、と言われた。

 ガープ中将にも、わしの近くなら安心じゃ!なんて言われたから、それに従った。

 けれどきっと、センゴク元帥には別の意図があったのだと思う。もし道を誤っていれば、あそこに座っているのはお前なのだ、と。言われたような気がしたのだ。



「海賊の子供であることは、そんなに悪なの?」
「まぁ今回はあれだ、親が親だから」
「私と、何が違うの……」
「あー。レキちゃん、ストップストップ」



 お盆を胸に抱き俯く私の頭に、大きな手がぽんぽんと被せられる。
 見れば青キジが机の向こうから身を乗り出して、少し困った顔をして笑っていた。



「レキちゃんとは全然違うじゃないの。こうやって大将補佐までする、海軍の准将さんなんだから」
「でも一緒……私にも、海賊王の血が流れているんでしょう?」
「うーん……元帥殿もなーんで話しちゃったんだろうねぇ」



 この真実を知ったのは、まだほんの数日前。
 火拳が海賊王の子供だと元帥から話があった時に、私は自分も海賊王の子供である事実を知った。

 元々身寄りのない私を元帥が引き取って育ててくれた、ということしか知らなかった私は驚くしかなくて。

 でも一緒に話を聞いた青キジは知っていたみたいだった。私だけが何も知らなかったんだ。


 異母兄弟が殺されるということに胸を痛めることはなかった。そんな事突然言われたって、実感なんてない。

 それでも世界最悪の血だと、生まれてきてはいけなかった子だと非難される火拳の話を聞くたび、自分もそうなんだと苦しくなる。
 今は海軍に身を置いているけれど、いつ断罪されるのだろうかと怯え、飛び起きることも増えた。



「レキちゃんは大丈夫。何たってセンゴク元帥の娘で、おれの補佐官。それに海軍やめて海賊になりますーなんて言わないだろ?」
「そ、そんなことは勿論言わないですけど……」
「なら大丈夫。いきなり海軍が牙を剥いたりなんてしないよ」



 よっこいせ、と椅子に座り直した青キジは、紅茶と一緒に出したクッキーをパクリ。そしてもう一つ手に取ると、私の口元にズイッと突き付け「甘いもの食べてリラックスして」と一言。

 その勢いに押されて口を開くと、市松模様のクッキーが押し込まれた。
 青キジの人差し指が閉じた唇をむにゅっと押す。もう何も言わなくていいよ、とでも言うように。



「それに。そういう時はちゃんとおれが守ってやるから」



 格好良くそう言った青キジは、その後に「惚れても良いよ」なんて言うもんだから台無しだ。
 私は何だかモヤモヤ考えているのがこの時ばかりは馬鹿らしくなって、不器用に口元に笑みを浮かべた。

 海軍という囲いに守られている、という自覚はある。すすんでこの仕事をしている訳だから、閉じ込められているわけではない。

 それでもいつ自分を蝕む檻になるのかと思うと怖かった。



「青キジは……海軍やめて海賊になりますーなんて言わないですか?」
「ええ?おれに聞いちゃうの?海軍大将のおれに」
「だって青キジがいなくなれば、守ってもらえないじゃないですか」



 守ってほしい、と思っているわけじゃない。
 私だって海軍准将。それなりに力はつけてきているつもりだった。

 でも私のことを守ってくれるというこの人と、ずっと一緒にいたいと思ったから。
 だから私が出て行くことのできない、外の世界へと行ってしまうなんてことにならないように。

 杞憂に終わるだろう、無意味な予防線。
 当たり前に毎日続いていく筈だった世界が、今まさにひっくり返ろうとしているからだろうか。
 


「やっぱりレキちゃん、おれと一緒にくる?一緒の方が安心しちゃう?」
「いえ、自然系の戦闘に巻き込まれたくないので」
「あっさり言うねぇ」






 もう30分もしないうちに、この地は戦禍に呑み込まれる。だから私は、今日もいつものように戦場に赴く彼にこの言葉をかけるのだ。



「生きて帰ってきてくださいね」
「レキちゃん……それいつも思うけど不吉なんだけど」
「願掛けみたいなものです」
「まあ、君が良いなら良いんだけどね」



 行き場のない私を迎えてくれる、貴方を失わないよう願って。


 




[ prev ] [ book ] [ next ]
[ Rocca ]