「レキちゃ〜ん、今日も可愛いね!」
「そうですか、ありがとうございます。では」
「冷たっ!え?冷たくない??え!何処行くの?」
「今日は赤犬さんのところで書類整理します」
「ええええ?!」



 愛すべきおれの補佐官にして、可愛い恋人のレキちゃん。日課である朝の挨拶をするも、今日は何でか凄く冷たい!
 いつもは「調子良いことばかり言って」とか何とか言いつつも笑ってくれたりもするのに、今日は無表情!

 しかもおれが一歩近づけば、一歩下がり。
 二歩近付けば、二歩下がり。

 一体なんなの!



「ちょっとちょっと。今日はおれと能力の特訓する約束でしょ」
「あ、すいません。キャンセルで」
「ええええ?!?!」



 職務には実に忠実なレキちゃんらしからぬ言葉に、おれは絶叫する。
 でもおれの様子なんて無視な彼女は、さっさと自分の書類をまとめていて、かなりの量を腕に抱えていた。

 そしておれの執務机の上には、昨日までは無かった書類が山と積まれる……。

 

「じゃあ青キジさんはそれ、片付けてくださいね。用があるときは電伝虫で」
「え?本当にサカズキのとこ行く気?昼には戻ってくるよね??」
「お昼は元帥とつる参謀とお蕎麦食べにいくので、戻りません」
「ええええ?じゃあ夜は?どっか食べにいこうよ」
「夜は黄猿さんがフレンチをご馳走してくださるそうなので、そのまま真っすぐ帰ります」
「は?!」



 彼女はそれだけ言うと、本当にドアに手をかけて出て行こうとした。
 何故か異常なまでにおれの事を避けようとしているとしか思えない行動に、おれは正直慌てる。
 気付いたらレキちゃんが今まさに出ようとしていたドアを凍り付かせ、その前に通せんぼするように立ちふさがっていた。

 すっっっっごい嫌そうな顔をしたレキちゃんは、おれをすっっっっごい睨みつけてきた。
 それ彼氏にする顔じゃないでしょ!



「何するんですか!」
「それはこっちのセリフ!何でそんなにおれのこと避けるんだ!」
「避けてません!」
「いーや、避けてる!」



 子供じみた言い合いは長くは続かなくて、こんな状況でもレキちゃんはおれから数歩遠ざかろうとする。
 そんなに嫌われることをしただろうか。
 昨日お尻触ったことまだ根に持ってんの??それともおやつのプリン食べちゃったこと??

 おれがもう一歩近寄ろうとすると、急に彼女は口に掌を当てた。



「ふぁ……っ」
「ふぁ?」
「……はっくしゅっ!」
「へ」
「くしゅっ、はっくしゅんっ!」



 突然くしゃみをしだしたと思ったら、立て続けに3回。最後は勢いが強かったのか、腕に持っていた書類をバサバサと床にばらまいた。

 慌ててしゃがみこんでそれをまとめようとすると、もう一度くしゃみ。
 「う”〜」と眉を寄せて唸るのが、ちょっと可愛いなんて思ったけど、そんな場合じゃない。

 おれも足元に飛んできた書類の冊子を拾った。



「風邪?」
「いえ……アレルギーなんです」
「花粉症的な?」
「…………寒暖差アレルギー」
「なにそれ?」
「温度差が激しいと出るんです……最近あったかかったり、寒かったりするじゃないですか」



 そういえば最近はここマリンフォードでも、変な気候が続いている。
 やけに暖かいというか、暑いくらいだと思うような日でも、急に冷え込んだり。逆に酷く寒い朝だったのに、昼間にはぽかぽか暖かかったり。

 変な気候が続くなぁくらいにしか思っていなかったが、彼女がそんなアレルギー持ちだとは知らなかった。くしゅん、とまたくしゃみをする様子を見るに、結構辛そうだ。

 暖かかったのが急に寒くなったりすると、か。
 …………ん?急に寒くなったり?



「それって温度だけ?暑い部屋から寒い部屋に行ったとか」
「いえ、冷気を感じたりするだけでも駄目ですね」
「……もしかして今レキちゃんがくしゃみしたのって、これのせい?」



 おれは恐る恐る自分が凍らせてしまったドアを背中越しに指さした。それはカチンと凍り付いていて、薄い冷気の靄を発している。

 レキちゃんは少し気まずそうに、小さくコクンと頷いた。



「ま、まさかレキちゃんがおれを避けようとしてた理由って」
「……青キジの近くにいると、くしゃみ止まらないんです」



 だから今日の能力の特訓もキャンセル、サカズキのところで仕事。
 なんてこった!おれの能力故に彼女が離れていく!おれはヒエヒエの実じゃなくて、マグマグの実を食えば良かったってのか!



「いつもはそんなに酷くないんですが、ここ最近ちょっと……だから今日は赤犬さんのところで仕事します」
「ええええ……駄目って言いたいけど、レキちゃんが辛いのはなぁ」
「今日薄着で来ちゃったので、明日はちゃんと羽織るもの持ってきますから」


 今日だけ。ね?



 そんな風に困った様に首を傾げられたら、もうおれはぐぐっと押し黙るしかない。
 可愛いお願いに結局おれはYESと答えてあげる選択肢しかなく、がくりと頭を下げて頷いた。

 今日を乗り切れば、またこの部屋で元気に仕事をする彼女を見れるんだから、たった一日の我慢。



「わーかった。でもやっぱり夜くらいは、一緒に居てほしいんだけど?」
「だから夜は黄猿さんとディナーだって……」
「別の日にすればいいじゃん。なんならおれからボルサリーノに言ってあげるけど」
「えー。それは行きたいから余計なことしないでください」
「余計っ?!」



 おれがショックを受けていると、またくしゅんとくしゃみをした彼女は、急いで書類を抱きかかえて立ち上がった。
 一刻も早くここを出たいとでも言わんばかりに「ドアの氷をどうにかして下さい」と言う。

 このドアを開いてしまえば、レキちゃんはサカズキのところに言っちゃうんだよなぁ……そう思うと、中々腰が上がらない。
 それでも何とか気力を振り絞り、凍てついたドアの氷をバラバラと落としてやれば、彼女は笑顔でドアに寄り添い言った。



「ありがとうクザン!大好きよ」
「っ!」



 おれの返事を聞かず、パタパタと軽い足音が部屋から遠ざかっていった。
 不意打ちの告白におれは彼女を止める暇すらなく、誰もいなくなったドアを呆けて見つめる。

 自然と口元がにやけて、指で顎を擦る。
 可愛いこと言ってくれるじゃない。

 おれは彼女に逃げられたっていうのに、そんなに悪い気もしなくて、頭をガシガシと掻く。
 我ながら単純だとも思うが、それ程レキちゃんの笑顔には破壊力があるってことで。

 仕方ないから仕事でもするかと、彼女が机に残していった書類を見てため息をついた。





(ボルサリーノ!てめぇ何、人の彼女に手出してくれてんの?!ディナーって何?!)
(別に良いだろ〜、レキちゃんが行きたいって言ってた店に偶然知り合いが勤めてたんだよ〜)
(何にもすんなよ?!指一本でも触ったら凍らせるからな!!)
(クザン〜、良い加減執務室戻って、仕事でもしたらどうだい〜)

 




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