Inanna02
若い藺草の匂いがする。丸窓からは障子に漉された柔らかな光が室内に差し込み隅々を明るみにしている。床の間に立つ沙羅双樹と掛け軸の中の天女が、羽衣の如く髪を揺らして乱れる名前と俺を見ていた。
「んっ、ぁん、帝統っ、」
柔らかで太陽と何か花のような薫りがする敷布団に仰向けになった俺の腹に手を置いて勃起したソレを咥え込み好き勝手に動き回る。腰を下げるたびに、名前の蜜が「ぶちゅ」とくぐもった音を立てて溢れ出て恥骨を汚した。空調の軌道音と遠くで鳴く蝉の声がかすかに聞こえてくる室内で、俺と彼女は真昼の内から繋がっていた。
乱数が幻太郎をつれて中王区で一番人気のシフォンケーキを食べに行くだかでホテルを出て行ってから、俺もホテルを出て街を流していた。この街では、俺は耳を切られた野良犬だ。身分証明、経歴、ここに来た理由を記した通行許可証を肌身離さず持っていなければ外に出ることすらできない。派手なナリだというのもあるだろうが、少し歩くだけでシブヤとは比べものにならない程の視線を浴びる。何処を見ても女、女、女。たまにいる男は、気持ち悪い面みたいな笑みを被って規則正しくキリキリ歩いている。どこまでも腐った街だ。初夏の太陽が真上に輝き、鳥籠の中で天を仰ぐ俺を見下して笑う。見てんじゃねーよクソウゼー。
「んぁー…今日もあっちぃ…」
並木通りの俺の頭上を走り去ったモノレールを見送っていると尻に入れていた端末が小刻みに震えた。取り出してみると、アプリのウィンドウに昨日会ったばかりの恋人からのメッセージが浮かび上がり思わず喉の奥から声が漏れる。
"今から遊ぼう"
簡素だが物凄い破壊力がある一文だった。
彼女は高校三年生で、中王区屈指の金持ち学園に在籍しているお嬢様だ。品行方正、窈窕淑女(これはあとから幻太郎に聞いた)、才色兼備の優等生なのだと、名前と出会った時にいた彼女の後輩が言っていた。とは言うものの、俺の前じゃ貪欲に精を貪る雪豹でしかないのだからあまり馴染みはないのだが。しかし現在12:10。絶賛授業中のはずの彼女からの誘いはどう考えてもおかしい。
誤送信や変換ミスを疑って頭を悩ませていると、今度は長めに端末が鳴り出す。
「帝統」
「よお。名前ちゃん、学校じゃねーの?なんで電話?」
「早退したの。お腹痛いって言ったらすぐ帰してくれたよ」
要はサボったのだろう。弾む声音は腹痛を患っているとは思えないほど晴れやかだ。
「今どこにいるの?」
「玉扇通りの…ろみお…?って店の前」
「私は御影駅に向かってるから迎えに来てくれる?」
「おー」
通話が切れた電子音を聞き届けて端末をポケットにしまい、木陰から出て焼けるアスファルトを進む。お嬢様の仰せのままに女だらけの街の更に女の匂いが濃いエリアに向かって、揺れる電車に乗り込んだ。
御影駅はモダンな造りをしていて、正直、駅というにはあまりに小洒落ている。規模は小さいにも拘らず構内には化粧品や洋服、雑貨の小売店、ジュエリーショップまである始末で、センスの良さ(皮肉だ)は喫煙所にまで及び、男の俺にはとても居心地が悪く感じた。2畳程度のスペースに、先に入っていた2人の女と自発的にではあるが閉じ込められている状況では目のやり場に困り、排気口に吸い込まれていく煙を無心で眺める。
ふいに、凭れ掛かっていたガラスの壁が二度ノックされ反射的にそちらに視線をやれば、さわやかに笑う待ち人がいた。白と紺のコントラストと、艶やかなバージンヘアが清楚を体現していて酷く眩しい。吸いかけのそれを揉み消して外に出れば、「待った?」なんて恋人のテンプレートを口にするものだからありきたり過ぎて顔が緩む。
「腹痛いんじゃねーの?」
「帝統の顔見たら治ったの」
なんて適当な嘘なのだろう。呆れた顔を見せると、わざとらしく一度肩を竦めてから軽やかな足取りで歩き出し、取り残された俺を振り返り「はやく行こう。」と言う。目的地も分からぬままに、俺は彼女の小さな背中について行くしかなかった。
「駅に来るまでの間に、ずいぶん注目されたんじゃない?」
「俺ってそんなに目立つ?」
「帝統の見た目もそうだけど、貴方はディビジョンズバトルの出場者だからみんな知ってるんだよ。有名人って自覚しなきゃ」
そういえば乱数もそんな事を言っていた気がする。彼女も、出会った時にはすでに俺の顔を知っていたっけ。
「ついたよ」
彼女が立ち止ったのは、御影駅から高級そうな家が立ち並ぶ住宅街を10分ほど歩いた坂の上にある、立派な門を構える和風の邸宅である。恐ろしく長い塀で取り囲まれ、塀の上からは整備された松の木が俺たちを見ている。彼女に付いて門をくぐれば、門から玄関までの間に小さな庭のようなスペースがあり見事な枯山水が出迎えた。枯山水はギャンブルで負けた際、やくざの家に連れて行かれた時に見たことがあるがこんなに立派なものではなかった。中に入ると玄関はマンションの一室よりも遥かに広く、ここから続くこの屋敷はいったいどれほどの広さなのか想像しただけで眩暈がする様だ。
「ここってもしかして…」
「私の家だよ。」
「はっ?!良いのかよ。親に見つかったらコトだろ!」
「大丈夫!両親は夜まで帰ってこないの。だから早退して誰もいない家に貴方を連れ込んだの」
彼女は、にっと笑って履いていたローファーを蹴飛ばし革靴を持った俺の手を引きながら長い廊下を進む。廊下から見える中庭は、中央に大きな池が開いており、向こう側に渡す橋が架かっている。周りには木々が伸びて極小の山のようであった。名前が一番奥の部屋の襖を開けて俺を放り込む。帰ってきたばかりなのに冷房が効いていて、室内は涼しく、じっとりと汗をかいていた身体が乾燥していくのが分かる。
彼女の私室だというこの部屋は、普通の家には備わっていない広縁が中庭に面して設えられており、床の間には沙羅双樹の切木が白い陶器の花瓶を纏って座している。部屋を見回す俺を他所に彼女は物机の脇にスクールバッグを置き、慎ましく咲く杜若とその上を飛び交う不如帰が描かれた襖を開けて、何故か布団を取出し、いそいそと敷き始めた。敷布団は分厚く、時代劇の殿様が寝ているような代物で思わず二度見返してしまった。それだけ敷くと、おもむろに制服を脱ぎだし靴下と上下の下着のみを纏った格好になった彼女はその上に寝そべり俺のほうを向いてにっこりと微笑む。
「おいで」
部屋に寝ている飼い猫を呼ぶような、嫋やかで柔らかい慈愛に満ちた声音で俺を呼ぶ。艶っぽく色香を放ち、「食べて」と言わんばかりの顔をしているのに、あくまで主導は自分にあると言う自信と余裕に、俺は酷く戸惑っていた。しかし、身体は「おいで」と言われるがままに主人に呼ばれた飼い猫のごとく四つん這いで彼女にすり寄り、広げられた腕の中に頭を収めていた。柑橘系の香りと少しの汗と、何か甘やかな生体の香りがする彼女の胸は温かく、柔らかい。頭蓋を伝わる鼓動が、母胎を思わせる様だ。目の前の柔肌に、思わず下着に覆われていない膨らみをぺろりと舐めあげると「ひっ」と小さく声が上がり、頭をつかまれ引き離された。
「吃驚した…」
「誘ったんだから責任とれよ」
耳のあたりに添えられた華奢な手をつかみそこに囁くように言ってやれば、頬を染めて頷くものだからあまりにいじらしくて思い切り顔を寄せて唇を奪ってやった。薄く開いた歯の間に舌を入れてこじ開け、舌を絡ませる。吐息と、唾液に濡れた唇同士が触れては離れる音が広い部屋に溶けて消えた。彼女がキスに夢中になっている隙に背中に手をまわしてホックをはずしてやると、仕返しとばかりに俺のベルトに手をかけてスルリと引き抜き、熱を持ち膨張し始めた俺のものをパンツの上からひと撫でする。俺が少し声を漏らしたのを聞いて、彼女はくすくすと楽しそうに笑っていた。露わになった小ぶりな胸をじっくりと舐め、たまに吸ったり食んだりして徐々に下へ下へと顔を移動させていくと彼女の唇から溢れるのは笑い声から色っぽい喘ぎに変わっていき、触れる度にぴくりと跳ね様が面白くも淫靡で酷く興奮を誘った。鳩尾からへそまでのラインを指でなぞり、そのままショーツの入り口に指をかけて下へ引く。薄い下生えに透けて見える割れ目に沿って指を這わせ、滑めりを中心のしこりに擦り付けるように動かしてやれば、物欲しそうに腰を揺らし、甘い声で俺の名を呼んだ。
「帝統も脱いで」
潤んだ瞳は黒々としていて、俺を映して飲み込み射抜く。性急にジッパーを下してパンツも下着も引き抜き、女体に浅ましく反応するそれを取り出すと名前はまたくすくすと笑いだす。
「何笑ってんだよ。しょうがねーだろ」
「かわいくってつい。ごめんね。私を見てこうなってしまったんだもんね」
彼女は上体を起こして、膝をついて局部を露わにしている俺の傍により天を仰ぐそれの先端を柔らかい掌でくるくると撫でまわす。先走りが彼女の白く清い手を汚す様が劣情を煽り、触れられている最中もピクリと反応してしまう。這い寄るように下半身に顔を近づけ、竿に鼻を擦って唇を落としてから濡れた亀頭をぱっくりと小さな口で咥えこんだ。薄い唇が竿をしごいて上顎や舌に先端がふれる度に痺れるような快感が走る。フェラチオなんて教えた記憶はないが、この時は、気持ち良ければそれで良かった。さすがに喉の奥まで入れることはできないようだったが、顎に唾液を伝わせながら自身のものをしゃぶっている姿は征服欲を満たしてくれたし、今この瞬間に於いては何よりの悦楽であった。
口から出した唾液まみれのそれを愛おしそうに眺めた後、彼女は「横になって」と息を上げながら言う。言われるがままに分厚い布団に仰向けになると、その上に跨りゆっくりと怒張を飲み込んでゆく。時折聞こえる苦しそうな声が一層質量を増やすのに彼女は腰を止めなかった。それどころか奥の奥までみっちり入った途端に細やかな胸の膨らみをふるりと揺らし俺の名前を呼びながら腰を上下に体を動かし始めた。
若い藺草の匂いがする。丸窓からは障子に漉された柔らかな光が室内に差し込み隅々を明るみにしている。床の間に立つ沙羅双樹と掛け軸の中の天女が、羽衣の如く髪を揺らして乱れる名前と俺を見ていた。
「んっ、ぁん、帝統っ、」
その淫靡さと言ったら、今まで寝た女達とは比る事すらできない。はじめは、交際なんて面倒なただの柵でしかなく、それに学生ともなれば理想と現実の区別も付かない子供で、絶対に相手にしたくないタイプだった。犯罪だし。金持ちの家の子で、温室で育った様な女は尚のこと関わりたくなかった。彼女の告白を受けた時も「一発ヤって居なくなっちまお」なんて考えていたのに、彼女の本性に触れた途端に自分と同種の狂気を感じ取り、手放すには惜しいと思ってしまった。夾竹桃の様に清廉で健やかな見た目の内には牛を殺すほどの毒を持つ。この女は、自分の欲を満たす為なら命を懸けるだろう。こんな狂った女を誰にもとられたくないと思ったのだ。
もどかしく動く腰を掴み、下から突き上げてやると中がきつく締まる。腰を抱いて起き上がり体制を逆転させて覆いかぶさると、彼女は嬉しそうに俺の首に抱き着き耳やこめかみに何度も口付けをする。突くたびに耳元で慎ましく上がる嬌声が、脳を侵して溶かして思考がどんどん鈍くなり、スノー(クラックコカイン)をキメたときやヤバいものを賭けてる時のギャンブルと同じくらいドーパミンを分泌させ、恐ろしいほどの陶酔感を齎す。こみ上げる快楽に、射精が近いことを感じ取るが俺の腰は動きを止めなかった。
「ぁ゛あッ、イク、」
名前は絶頂を迎える間際の俺を、頬を染め、汗で額に張り付いた髪の毛をそのままに生理現象で出てくる涙を流して恍惚とした表情で見ていた。嫋やかさを瞳に湛えて、自身に腰を打ち付け禊を埋めるケダモノを見ていた。ぞくりとした。流石に中には出せないので、射精の瞬間に引き抜き薄い腹に白濁を溢す。地図みたいな模様を描いた性液を指ですくい取って口に含む彼女を見て、たった今萎えたものがまた血液を吸いあげて膨らみ始め、自分の単純さに情けなくなる。
「お家で初めてセックスしたの」
湿った前髪を掻き上げて上体を起こし、ソックスだけを身に着けた白く輝く裸体を見せつけながら笑う彼女の背後で沙羅双樹の花の首がぼとりと落ちたのを、俺は見逃さなかった。