Nightmare
この国の性犯罪発生率は他国に比べて異常に低い。治安が良いからか?罰が厳重であるからか?どれも違う。“事件は起こらなかった事にする”からだ。起こっていないのならば数字に計上されるはずもなく、事実は隠蔽され、そうして性犯罪が起こらない理想国家は作られる。現に私がどこだかも分からない埃と生ごみの酷い臭いが充満した古びたアパートの一室の、腐った畳の上でレイプされているのだから、実際の理想都市なんて夢のまた夢であろう。
駅から自宅までの徒歩30分の帰路上でこの男に捕まった。首に注射器を宛がわれ、無理やり此処に連れてこられてから入室と同時に何かを注射され、気づけば全裸で揺さぶられていた。私の携帯端末は原型を留めていない。何か堅いものを執拗に打ち付けたのだろう。破片があたりに散って、月光を受けてきらきらと輝いている。夜ご飯。喉が痛くて掠れた呻き声が漏れるばかりで声が出ない。ウサギが居た?膣口が擦れて痛い。男が度々喘ぐのが気持ち悪い。思考の隙間に幻覚が見えてが纏まらないのは最初に打たれた薬のせいだろうか。あれは一体なんだったのだろう。
「はぁ…起きたッ?んぁっ、丸1日眠ってたよ…ぅ。それでもおまんこはきゅんきゅん締まってて、ッセックス好きなんだろォ?!!あッ?!」
情緒が安定しない様子で目を充血させて涎を垂らす、弁天を半端彫りにしたこいつと同じ薬を投与されたのだろう。脇に居る2人の男も思いのままに炙ったり吸ったり打ったりしている。私も薬漬けにされて、好きなだけ射精された後で殺されてしまうのだろうか。こうなってしまっては逃げもできないだろうし、死にたくないと願っても願うだけ無駄だと諦めがついてしまうなぁ。と、窓に縁取られたどこまでも深い夜空に目をやる。また射精が近いのだろう。息が上がって気持ち悪い声が大きさを増し、腰を打ち付けるスピードが速くなった。
「でるゥ…ッ」
「あ゛ぁ゛ッ」という濁った汚い喘ぎと共に天を仰いだのと同時に、打撃音がして、男の背後にある金属製のドアの向こうから怒鳴り声が聞こえてきた。何があったかなんて、碌に頭が回っていない私にはわからなかったが、男の顔は強張り、私の中から物凄い勢いでいちもつを引き抜いて衣服を身に着け玄関ドアを開け放つ。
「三島。呼ばれたらさっさと出ろ。左馬刻さんを待たせんじゃねえ」
「えッ、アニキまでッ?!すっ、すみません。来ると思ってなかったもんで…」
「真っ暗じゃねえかよ。…近くに来たからついでに寄ったんだわ。茶でも出せや。」
さっきまでまんこだの中出しだの言っていた男達が一斉に薬や道具を片付けている間にも、弁天の入れ墨の返事も聞かずに訪問者二人は、全裸で精液まみれになって放心している私がいるとも知らず部屋に上り込んで来た。電気をつけた瞬間に上等なスーツを纏った男と白くて背が高いアロハシャツを着た綺麗な男が私を見つけて息を飲んだのが分かった。
「…何だ、邪魔したか」
「いっ、いやこれはっ!オイッさっさと起きて服着て引っ込んどけ!」
黒子の男は、スーツの男に弁解しながら私に罵声を浴びせ腹を蹴り上げる。薬がまわって動けないし、その原因はこいつであるのになんと身勝手なのだろう。蹴られたところで当然動けず何も話せず終始ぐったりしている私に、白い男が近づいてきて、その端正な作りをした顔を私の顔に近づけて暫く私の凡庸な顔と身体を眺めた後で、スーツの男が来ているジャケットを脱がせて私の身体にかけてからまた離れていく。曝された肌が酷く冷えていた様だ。男は煙草を一本くわえてスーツの男に火をつけさせると、一口目の紫煙を吐き出しながら、低い声で弁天の入れ墨に問うた。
「三島よォ、誰に断ってヤク捌いてやがんだ?俺の組じゃヤクは御法度だっつったろ」
「ちょっ、冗談やめてくださいよッ俺ヤクなんて持ってませんって!」
「テメェのザマみりゃ分かるわ。今日だけで何発キメたよ?」
白い男は紫煙と共に吐き捨てる様に息を零して笑う。私は今の会話で漸くこの人達は堅気ではないという事に気がついた。弁天の入れ墨は三島といい、白い男は左馬刻という名前のようで、左馬刻という男は三島よりももずっと上の位に坐している事も理解できた。三島は床に膝をつき、恐れに戦いて無様にも小鹿の様に震えている。
「佐竹組の組長のお嬢が先週クソ野郎に強姦された上ヤク打たれて今もラリてるらしいんだわ。佐竹は犯人捜してぶっ殺すと血眼で探してる。俺のとこに来るくらいだ、相当頭に来てんだろうな。…ところでテメェ等、先週の水曜はどこで何してやがった。」
「ヘっ」
スーツの男が転がっていたガムテープで男たちを簀巻きにするのにそう時間はかからなかった。恐怖で誰一人動く事が出来ず殆ど抵抗できなかったのだ。うつ伏せの状態で顔だけ持ち上がる体勢をとらされた3人は「許してください」「俺たちじゃありません」「たすけてください」と被害者ヅラで喚き散らす。この部屋の中で、被害者なのは私だけなのにね。
左馬刻は、震えて失禁している男の顔の前にしゃがみ込み、咥えていた煙草を黒子の額で揉み消した。魚のようにビタビタと跳ねて絶叫する様を見て笑いながらスーツの男に何か指示をすると、スーツの男は玄関先から大きなカバンを2つ手にして戻ってきた。
「ごっっ、殺さないでェ…ッッッ!!!!!」
「殺すのは俺じゃなくて佐竹だろ。テメェ等の墨だけ剥いで佐竹のシマに転がしてやんよ。…極道の端くれなら腹ァ括れや」
「死にたくない」の大合唱の中、左馬刻は立ち上がってスラックスのポケットから端末を取出してどこかへ連絡をしてから、目と耳だけを使って様子を伺っていた精子まみれの私を抱えると、部屋を出てアパートの前に止まっていたベンツに私を押しこめ、自分は運転席に座ってどこかに車を走らせ始めた。外は真っ暗で、連れ去られてから丸一日経ったという実感がない。あの強姦魔達は、話の通りなら皮を剥がれた後でレイプされた女の子の親に殺されるのだろう。ざまあみろ。窓ガラスに頭を預けて夜を見ていたら、今まで黙っていた左馬刻が初めて私に話しかけた。
「お前、どんだけ打たれた」
声が出ないものだから“分からない”という意味を込めて首を横に揺すると、脳が揺れて視界がくらむ。酷い浮遊感に嘔吐しそうだ。それを見て聞くだけ無駄だと思ったのか次に車が止まる時まで彼が口を開くことは無かった。ついた先は新宿のとある病院で、左馬刻は長髪の医者に私を押し付けてさっさと帰ってしまった様だ。しばらく入院が必要だという事と、医者と彼が旧知の仲である事、左馬刻が自身の仕事で巻き込んだ人間を連れてくるのはこれが初めてだということを同時に聞かされ、薬物に侵された頭では整理しきれなかったがその後担当医の神宮寺先生に左馬刻の連絡先を聞いてお礼に行った先で、軍人と警察と共に死体の処理をしているのを目撃してしまい殺されかけた話はまた別の機会に認めるとしよう。