Return of LolipopRipper 01
私の新生活が始まるまで、人生で1番忙しないひと月を過ごしたかもしれない。
ヴォイドと話をした三日後に退院し、家族と共に愛犬のミネルヴァの火葬をした。彼女は庭で殺されていたそうだ。胃の中から睡眠薬と果物が検出されたらしく、眠っている間に首を切られて絶命したとの事だ。賢く美しい彼女は、丸く白いつるりとした骨壺に入り、私の手の中で安らかに眠っている。遺骨はペット霊園の共同墓地に納める事となった。
そして私は引越しについていかず此方に残ると打ち明けると、母は酷く動揺したが就職先が決まっている事と今回の事件で助けに来てくれた人の元に厄介になる旨を伝えると渋々ではあったが納得したようであった。
その後は家を引き払って現在の職場に退職願いを出し、全ての準備が整った頃に名刺の番号に連絡をした。ヴォイドが迎えに来るまでホテルで過ごし、約束の日がやって来た。
ホテルまで迎えに来たヴォイドは私の荷物の少なさに驚いた顔をしていたが「何か文句でも?」と言えばそれを否定し私の荷物を持って車に案内してくれた。1時間程のドライブで彼に事件の詳細を問えば、彼はスラスラと述べる。
「まず2ヶ月前に起こった加賀美という家の事件。加賀美家の妻は前夫の家庭内暴力で離婚をしたという事実があり、子供の血液がついた上着が前夫の家の中から見つかった為に逮捕された。前夫に話を聞いたが、彼はシロだ。そして黒井家の事件。二つの事件被害者の共通点は、長女が20代で長男が10代の核家族で大型犬を飼っている家。加賀美家は裕福に見えたが妻が株取引にのめり込み多くの負債を背負っており、黒井家は夫による家庭内暴力に家族全員が怯えている状態と両家とも家庭環境に問題があった。そして、夫の結婚指輪が抜き取られていた。結婚指輪を抜き取るのはコンプレックスと自己顕示欲の表れだ」
「どういう意味?」
「自身の家庭が上手くいっていないか、既に離婚していて尚且つ家族というものに異常な執着を見せている。良いとは言えない家庭に、自身が入り込み完璧な家庭を作り上げようとしている。だから夫の指輪を奪い、家長として振る舞う。指輪が現場から見つからなかったのは戦利品として持ち帰っているからだ。ここまでで容疑者は犬用の通用口を通れる身長160cm代で両家の家庭事情に詳しく離婚歴のある人物に絞り込める。そして、更に調査を進めると加賀美家の妻と黒井家の妻は同じ心療内科に通院している事が判明。偶然にも担当医は同じ男だった。オフィスを調べれば次の標的がわかる。そして標的になり得る患者が一人見つかった」
「それが私の母」
「その通りだ。令状を取れるほどの証拠は無かったがあんな芝居を打ってまでおまえの家に行っていて良かった。」
「貴方が安楽椅子探偵だったら私は死んでた」
「まったくだ。彼は少なくとも20人殺害していた」
「…どうして分かるの?」
「結婚指輪を戦利品としていたと言っただろう。彼のオフィスにはオルゴールの箱に入った5つの指輪が見つかった」
低い声で淡々と語られる内容は恐ろしい物である筈なのに、不思議と冷静に聞く事が出来た。それは、殺人犯の行動を分析し次の犯行を未然に防いだ彼への尊敬の念が大きかったからだろうが、其れだけでは無い。彼の助手として働くというのは、異常犯罪者の魔の手から人々を守る仕事に関わる事を意味する。その覚悟が出来ていたからだ。
話をしながら一時間程車に揺られ停車したのは、駅に程近く大通りに面したとあるビルであった。燻んだ鼠色の外壁に窓枠が張り付いた建物は古いながらもモダンでシックな佇まいをしていて古惚けた印象はない。それどころか味があって個人的には非情に好ましい物件である。
ガレージ内に駐車したからから降り、室内は続く真鍮のノブを回して重厚な扉を開け入室したヴォイドに続き中に入ると、広いエントランスが私を出迎えた。柱や天井の焦げ茶色と漆喰の純白の壁の温もりある内装で壁の各所にはステンドグラスがあしらわれ、大正ロマンを思わせる。
「一階が事務所だ。君は二階の東側の部屋を使ってくれ。西の部屋は物置になっている。バスルームやキッチンは二階にある。御自由に」
「このビル全部貴方の持ち物なの!?」
「…そうだが」
彼は、さも当然の様に言ってのけたが、私立探偵というのはそんなに儲かる物なのだろうか。もしかしたら思った以上に好条件の職を掴んだのかもしれない。人生何が起こるか分からない。
浮き足立って室内を見回し、まだ見ぬ自室に想いを馳せているとヴォイドが私の荷物を差し出しながら口を開いた。
「16時に客人が来る。荷物を整理してからで構わないからコーヒーを淹れておいてくれ」
「わかりました」
荷物を受け取り階段を上ると二階部分には彼の言った通り踊り場の左右にドアがある。言われた通りに東側の扉を開けるとエントランスと同じ色味の洋室がそこにはあった。内装に合った書物机と猫足の椅子、天蓋のあるベッドとベッドサイドの小さな本棚、その上のアラビアンなシェードランプは彼の趣味なのだろうか。そのセンスは絶妙で、もしかしたら自宅の自室よりも私好みかもしれない。入り口以外にも二つ扉があり、一つはトイレ、もう一つはなんとウォークインクローゼットで、100は優に仕舞える広さだろう。ベッドに置いた衣類を取り出してそこに納めると、広い空間の中にぽつりと並ぶ僅かな衣類がみっともなくて乾いた笑いが漏れた。
ある程度荷物を片付け終わって時計を見ると、来客の時間が迫っており部屋を出てキッチンへ向かう。コーヒーマシンがあったが私はいつも自分の手でドリップしているのでフィルターに挽いた豆を入れ熱湯を少しずつ流しマグに落ちる音と香ばしい香りを楽しむ。
適量溜まった三つのマグをトレーに乗せ、階段を降り事務所の扉を開けば、そこには足を組み椅子に腰掛けるヴォイドと対照的に足を揃えて椅子の端に座る藤丸の姿があった。
藤丸は、自分とヴォイド以外の人物がこの建物に居るとは思っていなかったのか酷く驚いた顔をして此方を見て、そこにいたのが以前担当した事件の被害者であった事に更に驚き木兎の様に目を丸くする。
「あれ、名字さん?なんで此処に?」
「今日から此処でお世話になる事になりました」
「はぁ!?」
「おい。連続殺人犯が戻ってきたというのに世間話をしている暇があるのか?」
私の言葉に藤丸は大声で驚きヴォイドを見るが、当のヴォイドはその声が耳障りだったのか、凛々しい眉を潜め低く静かに唸る様に藤丸を叱責した。藤丸はまだ何か言いたそうに此方を見ていたが今はその時ではないと諦めた様で資料を広げ捜査状況の報告を始めた。
「被害者は23歳会社員女性。日中は賑やかで夜はほぼ人通りのない路上で発見されています。第一発見者は遺体が遺棄されていた路上に店を構える女性死因は頸動脈をナイフで切られ他ことによる失血死。手足に擦過傷と打撲痕があり抵抗した形跡があります。膣内から飴玉が検出されており、15年前の未解決事件 キャンディリッパーと類似している点から同一犯の犯行と見て捜査を進めています」
「キャンディリッパー事件は報道規制がかけられていた」
「はい。犯人からの要求を退け報道は最小限に留めていました。模倣犯の可能性は無いかと」
「15年前の捜査資料を確認したい。担当刑事は在職しているか?」
「退職していますが捜査に加わりたいとの事で本庁に居ます」
「会わせろ。名前、出掛けるぞ」
ヴォイドは藤丸の言葉を聞き届け椅子から立ち上がると、デスクの衣紋掛けに下げていたコートを手に取り私に声を掛ける。私は折角入れたコーヒーに口をつけずに此処を出ようとする彼らに文句を言う暇もなく返事をしながら階段を駆け上がり、仕舞ったばかりのコートをハンガーから放ったくって大急ぎでまた階段を駆け下りる。息を乱す私を見てヴォイドは薄く笑っていた。
「捜査協力だと?日本の事件に外人が口出ししてんのか」
私達が警視庁捜査会議室へ到着すると、其処には草臥れた様相の初老の男が居た。怪訝な顔でヴォイドを見た彼に藤丸が説明。その直後の台詞が此れだ。
口出ししてんのか、というのは、ヴォイドが警察の捜査能力を馬鹿にして自ら首を突っ込んでいる場合にのみ言えるものであり、藤丸立香警部の権限で警視庁よりデイビットヴォイドという探偵に正式に捜査依頼をしているこの場合は適当ではない。そして国籍が何処であろうが凶悪事件の解決に尽力するものを「外人」と蔑んだ事に頭に来たが此処で私が彼に噛み付いた所で得られるもの等何も無く、これ以上の不破を招くという点では利点は一つとして無いのだと自分自身に言い聞かせ奥歯を噛んだ。鎖国的な負の遺産め。
「警部にご紹介頂きましたが改めて。連続殺人を主に、警視庁より捜査協力依頼を頂いているヴォイドです。貴方がキャンディリッパーの担当刑事だった佐川さんですね」
「そうだが」
「単刀直入に伺います。本件は同一犯の犯行だとお思いですか」
「間違いない」
紳士的に問い掛けたヴォイドに対し、佐川はふんぞり返って答える。藤丸は穏やかとは言い難い雰囲気に苦笑いしつつ私達に着席を促し、自身も簡素なパイプ椅子に腰掛けた。
「貴方は15年前にキャンディリッパー事件を担当し、現場調査、現場付近の住民への聞き込み、交友関係を全て洗い、犯人特定に尽力したが一歩及ばず犯人の足取りは掴めず事件は迷宮入りとなった。さぞ無念だったでしょう。」
「何が言いたい」
「退職後は一体何を?正義感の強い貴方がただ指を咥えて家に篭っているはずがない。独自に足取りを追っていたのでは?」
ヴォイドが言うと佐川は視線を逸らして口角を下げる。図星だったのだろう。
「何か気づいた事が有れば教えて頂きたい」
「…リッパーは20代前半の女を標的にする。そして必ず身体の中に飴玉を埋め、人目に着く場所に遺体を放置する。場所は様々。被害者同士に面識は無い。組織を去った人間に調べられる事は限られている。在籍時に分かった事から何も進展してない。捜査資料に載っているものが全てだ。」
「…では、まず15年前の事件だが。ナイフを使い若い女性ばかりを狙っている点を見るに犯人は性的不能者だろう。また、遺体に飴玉というマーキングをしている点と遺体を皆に見せ様とする点。これは自己顕示欲の現れであり承認欲求の強い人物だ。そして犯行時は人目が無く、時間が経てば往来が増える時間帯を把握している点から、犯人は地元の人間である事は間違いない」
「なんだそれは。」
「プロファイリングですよ、サー」
ヴォイドは佐川に向かって微笑んだ後、藤丸に一言掛けてから席を立つ。私もそれに倣い立ち上がって彼の後ろについて会議室を後にした。
会議室から彼の車に移動するまでの間、警視庁内の廊下を進みながら彼は非常に抑えた声で私に見解を述べた。
「シリアルキラーは一定の冷却期間を置き犯行を繰り返す。キャンディリッパーは15年前は4ヶ月に一人のペースで殺害していたが、5年で途絶えている。そして10年後の今、唐突に犯行を再開した。不自然だ。」
「では同一犯ではないと?」
「現段階では断定できない」
黒衣を翻し闊歩するヴォイドは渋い顔をしていた。